怪文庫

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さまよい山

私が通っていた小学校の裏にはK山という山がありました。

学校の裏山なんて遊ぶのにちょうど良さそうなのに、山の入り口には腰くらいの高さの柵が張られていて、立ち入り禁止の看板がいくつも立っていました。

そして、その柵の前に小さな祠がありました。

「あの山は呪われているから、絶対入っちゃダメ」

そう言う母の顔は深刻で、いつものいたずらを叱る時とは全然違いました。

その様子に子どもながらに恐ろしさを感じました。

 

それから私が大人になってからの事、

子どもを連れて買い物に行った時に、駅前の噴水の前で40歳くらいの夫婦がビラを配っていました。

そのビラには5年生の男の子がK山に行くと言って行方不明になったので捜していると書いてありました。

私はハカセのことを思い出しました。

ハカセは小学校の同級生で、虫に詳しいので「ハカセ」というあだ名で呼ばれていました。

そして、ハカセも小学5年生の夏休み、ラジオ体操の後に姿を消してしまっていました。

 

次の日、地元の青年団と警察で大規模な捜索が行われました。

その結果、白骨死体が見つかりました。

その遺体はDNA鑑定でハカセのものだということがわかったそうです。

行方不明の男の子ではなく、ハカセが見つかったのです。

ハカセの遺体と一緒に見つかった靴は、何年も歩いたように底がすり減ってほとんど無くなっていたそうです。

私は花屋で仏花を買い、K山へ行きました。

すると、祠の前で女性が手を合わせていました。

私が近づいたことに気がついた女性が振り返りました。

「うちの子ね、いなくなった男の子と一緒にここまで来たんですって」

女性が言いました。

「うちの子が止めたのに、その子は山に入っていっちゃったんですって」

突然話し出した女性に、私は言葉を返すことができませんでした。

「よかった、うちの子は連れて行かれなくて。すぐに帰ってきてくれて」

私は背中がゾクっとしました。

「あなた、子どもはいる?」

女性に尋ねられて、私はうなずきました。

「この祠にお団子を供えて、子どもを連れて行かないようにお願いするといいわ」

女性はそう言うと、去っていきました。

子どもの頃、母がお団子を買ったのに私が食べさせてもらえなかったことが何度かありました。

もしかしたら母もこの祠にお団子を供えていたのかもしれません。

私は柵の前に花を供えてハカセに手を合わせました。

そして、商店街の和菓子屋にお団子を買いに行きました。

どんなお団子がいいかわからないので、何種類か買いました。

そして、祠に戻り、お団子を供えました。

「どうか、うちの子を連れて行かないでください」

言いようのない不安と恐怖に襲われてただ祈りました。

 

次の日、ハカセのことが頭から離れなかったので、図書館で当時のことを調べることにしました。

私が小学5年生だった年の8月の新聞を書庫から出してきてもらいました。

ハカセがいなくなったのはお盆より前だった記憶があります。

何日分か確認すると、11歳の男の子がいなくなったので捜しているという記事を見つけました。

まだ文字だけの記事でハカセの写真は載っていませんでした。

その数日後の新聞にK山で女の子の遺体が見つかったという記事を見つけました。

さらに数日後の新聞でその遺体は10年前に行方不明になった小学2年生の女の子だと判明したとありました。

ハカセは虫が大好きで、特にカブトムシが好きだと言っていました。

カブトムシはブナやクヌギの木にいる。K山にはブナの木がたくさんあると。

ハカセはきっとラジオ体操の後にカブトムシを捕まえにK山に行ったんだと思いました。

そこでハカセはいなくなってしまった。

ハカセがいなくなって、10年前にいなくなった女の子の遺体が見つかった。

そして、15年経った今、男の子がいなくなって、ハカセの遺体が見つかった。

ハカセがいなくなった時、K山もくまなく捜索された。

女の子の遺体が見つかるくらいくまなく捜索された。

それでもハカセは見つからなかった。

そして、男の子がいなくなった後に捜索したら、ハカセは見つかった。

ハカセはどこにいたの?

ハカセの靴は何年も歩き回ったみたいにすり減っていた。

どのくらいさまよっていたの?

祠で会った女性は「うちの子を連れて行かれなくてよかった」と言っていた。

連れて行かれてしまうのだ、どこかに。

人の目では見つけられないどこかに。

そして、次の子がいなくなるまで、さまよい続けるのだ。

新聞の1面にハカセの写真が載っていて、「さがしています」の文字が書かれている。

その写真のハカセは虫かごを持って笑っていた。

ハカセのご両親は、ビラを配ったりして、一生懸命ハカセを捜していた。

私も、ラジオ体操の時のハカセの様子やその後どこかで見なかったかを何度も聞かれた。

スタンプをもらって帰ろうとした時にはもうハカセはいなくて、私は何の力にもなれなかった。

一人息子がいなくなって、ハカセのお母さんはみるみる痩せていって、病気で亡くなった。

ハカセのお父さんは引っ越していってしまったので、どこにいるのかわからない。

「あの山は呪われているから、絶対入っちゃダメ」

私は自分の子どもに言う。

そして、祠にお団子を供えて「どうかうちの子を連れて行かないでください」と祈った。

 

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