怪文庫

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割の良いアルバイト

これは、私がいわゆる有名大学に入学してしばらくたったころに聞いた、先輩が体験したという話です。

 

私は大学に入って一人暮らしをすることになり、お金もあまりありませんでした。私は、大学の生活とともに、アルバイトも積極的にしていました。大学生活にも慣れてきた頃、大学の掲示板にアルバイト募集の案内が貼りだされていました。

 

「単純作業、指示されたことをするだけ。20歳以上。初回は1日1万円。優秀な方は継続依頼と昇給あり! バスで目的地までの送迎あり」

 

こういう、目的の書かれていない、短期で割の良いアルバイトの募集は、いろいろなところで、よく見かけます。

 

ただ、どのようなことをさせられるのかが書かれていないので、いつも、誰が、何の目的で募集しているのか。そして、どんな人がこのアルバイトを受けているのか、ずっと気になっていました。

 

実際、周りに、こういうアルバイトを受けたことのある人を、私は見たことがありませんでした。なので、情報を得ようにも、得られる手段がありません。

 

私は、こういうアルバイトの募集を見るたびに、どのようなことをさせられるのだろう、となんとなく興味を持っていました。一度、どのようなことをさせられるのか体験してみようと思って、私はこのアルバイトに応募してみようと思いました。

 

いざ、アルバイトに応募しようとしていたところで、知り合いだった先輩に会いました。先輩に、このアルバイトのことを話すと、「そのアルバイトは、受けない方がいいよ」と言われました。

 

先輩も、このアルバイトを受けたことがあるようで、内容を私に教えてくれました。先輩はアルバイトの前日に、ゼミの飲み会があったそうで、当日は二日酔いだったそうです。それでも頑張ってアルバイトの目的地に行くためのバスに乗ったのだそうです。

 

バスは、私たちの大学だけではなく、色々な大学で、学生を拾っていったそうです。先輩はふと気づいたそうです。有名な国立や私立の大学ばかりだ、っていうことに。

 

いくつか大学を回り終えて、バスの中が満員になると、運転手が、カーテンを閉めるように言ったようです。そして、目的地に着くまで、アイマスクをして、外を見ないように言われて、アイマスクが渡されたそうです。

 

みんなは、言われた通り、カーテンを閉めて、アイマスクをしました。先輩は、前日の飲み会の疲れもあって、すっかり眠ってしまったそうです。

 

「バスから降りてください」

 

先輩は運転手の言葉で目が覚め、アイマスクをはずしてバスからおりると、ほかにもたくさんのバスが到着していたようです。場所は、どこかの山の中のようだったそうです。

 

霧がかかっていて、すぐ近くも見えなかったそうですが、廃墟工場のような建物が建っているのが分かったそうです。全体が赤い長屋が一件だけ建っていて、みんなはその長屋に入れられました。

 

長屋の中には、すでに別のところから来た学生が大勢いたそうで、前の方に、スーツを着た男の人が建っていたそうです。

 

中には入ると、一人一人に、やはりスーツをきた男の人から、何も言われずに、液体の入ったおちょこが渡されたそうです。においをかぐと、日本酒のだったそうです。

 

ただ、よくみると、何か生臭い香りのするものが、浮かんでいたそうです。先輩は、白身魚をほぐした身が入っているように見えたそうです。

 

先輩の乗っていたバスのグループの人たちが、最後の参加者だったようで、その人たち全員におちょこがいきわたると、前の方に立っていたスーツを着た男の人が、

 

「これからみなさんには、かんたんなテストを受けてもらいます。テストは、いまみなさんに渡したおちょこに入った日本酒を、グイっと一気飲みするだけです、もし、どうしてもお酒が飲めない人がいたら、このアルバイトはできません。もちろん、今日のアルバイト代はお支払いしますので、前の方にきてください」と言ったそうです。

 

数人の人が、前に進み出ました。先輩は、優秀ならアルバイトを継続してできることが魅力だと思って受けていたので、こんなに割のいいアルバイトを失格になるわけにはいかないと思ったそうです。

 

でも、先輩は二日酔いでした。しかも、おちょこの中のお酒には、生臭い白身魚の身のようなものが浮かんでいます。これを飲んだら、具合悪くなって、吐いてしまうかもしれないと思ったそうです。

 

周りの人たちは、みんな一気におちょこのお酒を飲み干していたそうです。先輩が、躊躇していると、ちょうど隣にいて、すでにおちょこのお酒を飲み干していた女性が、

 

「飲んであげようか?」と言ったそうです。

 

先輩とその女性は、スーツを着た男の人の目を盗んで、おちょこを交換したそうです。隣にいた女の人は、もう一杯、グイっとお酒を飲んだそうです。

 

スーツを着た男の人は、「一気に飲んでいただいたみなさんは、テストに合格です」と言いました。会場の人たちはみんな、なんのテストだったのだろうかと、首をかしげていたようです。

 

スーツを着た男の人は、

 

「ここからが本題です。みなさんにはある場所へ移動して、ちょっとした作業をしてもらいます。この作業が上手にできた人は、後日こちらから連絡させていただき、引き続き作業をしてもらいます。もちろん、昇給もあります。単純作業ですが、ぜひ、集中してやっていただければと思います」と言ったそうです。

 

小屋のドアが開いて、男の人たちが、集められた学生を案内したそうです。先輩も、後ろの方からついていきました。学生たちは、ゾロゾロと、誘導されるままに歩かされていました。山の中は、小雨が降りだしていて、息も白くなってしまったことから、けっこう標高の高いところだということが分かったそうです。

 

しばらく歩くと、向こうにトンネルが見えたそうです。トンネルといっても、かなり粗い作りだったそうです。先輩がトンネルの上に取り付けられているプレートに書かれた名前を見ると、「よもつ坑道」と書いてあったそうです。

 

今までは、言われるままに指示に従ってきただけだったそうですが、ふと周りをよく見ると、霧ではっきりとは見えなかったそうですが、色々なパイプや、朽ち果てた工場の残骸があったそうで、ここがどこかの鉱山の跡だと分かったそうです。

 

案内された人たちは、よもつ坑道の入り口に立っていた、やはりスーツを着ている男の人のチェックを受けていました。

 

何のチェックを受けているんだろう、と思って、前の方を見ると、アルバイトの参加者の顔を少しみて、「どうぞ」と、どんどん通していたそうです。先輩は、何をチェックしているのか、いまいちよく分からなかったそうです。先輩は、チェックの列が前に進むのを待っていました。

 

先輩の番が回ってきました。

 

男の人は、みんなと同じように、先輩の顔をじっと見たそうです。ほかの人は、どんどん通しているのに、先輩の時だけ、チェックをしているスーツの男の人は、首をかしげて、時間をかけて顔を見ていたそうです。

 

先輩は、もしかして、お酒をちゃんと飲まなかったからかもしれない、と思ったそうです。

 

やっぱり、原因はそれだったそうで、「お酒はちゃんと飲みましたよね?」と聞かれそうです。先輩は、ここで引き返すと、今後継続してアルバイトを受けるチャンスをなくしてしまうと思って、「はい」と答えたそうです。

 

「それでは、どうぞ」とチェックの男の人は、坑道の中に通してくれたそうです。坑道の中は、蛍光灯が数メートルおきにとりつけられていましたが、前の方は暗くてよく見えなかったということです。そして、前方からは、強い風が流れてきていたそうです。

 

長い坑道だな、と思って歩いていると、遠くの方が開けているのが分かりました。ただ、その開けた場所の前でも、チェックがあったそうです。チェックする人は、アルコールの検出器を持っていたそうです。今度は、ひっかかってしまう、と先輩は思ったそうです。

 

先輩の番がやってきました。

 

先輩は、怒られるかな、と思いながら、おそるおそる、アルコールの検出器に息をはきかけました。すると、先輩はほかの人と同じように、「どうぞ」と言われて、すんなりと通されたそうです。

 

おそらく、昨日飲んだお酒が、まだ残っていたようです。開けた部屋に通された学生は、しばらく待機するように言われました。全員がチェックを受けて、部屋に集まるのを待っているようです。

 

開けた部屋のさらに奥には、「地下千米」と書かれた看板がかかっている、巨大なエレベーターがありました。エレベーターは、金網で囲まれて、地下に続く穴も見えます。風は、この地下から吹いてくるようです。先輩は、この時、なぜか薄気味悪くなってきたそうです。

 

全員のチェックが終わって、全員が部屋に入りました。全員が入るまでは、人が歩く音で分からなかったのですが、全員が部屋に入って、足音がなくなると、地下の穴から、「オー、オー」という音が聞こえてきます。

 

先輩は、はじめ、人の声かと思ってびっくりしたそうです。しかも、そうとう苦しそうに唸っているような声だったそうです。周りの人を見回すと、そう思ったように、びっくりした顔をしている人もいたそうです。

 

でも、そんなはずあるわけない。風の音が、たまたまそう聞こえているだけ、と自分に言い聞かせたそうです。だけど、その「オー、オー」という音が聞こえるたびに、今まで感じたことのないような、本能にうったえかけるような、恐怖につつまれたそうです。

 

スーツを着た男の人が、前の方から、5人ずつを一つのグループにしていきました。エレベーターに乗ることのできる定員のようだったそうです。

 

そして、前の方から、5人ずつ、エレベーターに乗り込んでいきます。エレベーターは、軋んだ音を立てて、地下へ向かって降りていきます。

 

次の人たちが出発するまで、かなり待たなくてはなりませんでした。

 

エレベーターのところにある看板の、地下千米と書かれた文字を見て、本当に1,000メートルも地下に行っているのだろうか、と先輩の不安はさらに膨らんでいったそうです。先輩がエレベーターに乗る番まで、かなりの時間がたったそうです。

 

先輩の順番が回ってきて、いざエレベーターに乗ろうとする番になりました。

 

先輩は、もう引き返したい気分になっていて、お酒を飲んでいないことを申告すればよかったと、後悔していたそうです。

 

先輩のグループがエレベーターに乗り込んでいくと、スーツを着た男の人が、「ちょっと」と言って、先輩がエレベーターに乗るのを止めたそうです。

 

スーツを着た男の人は、別の男の人に、検出器を持ってくるように言いました。検出器がくるまでしばらくあったそうですが。先輩は、もうアルコールが検出されないことを祈るようになっていたそうです。スーツを着た男の人がアルコールの検出器を受け取り、先輩の顔に近づけ、先輩が息を吐きかけると、

 

「アルコールの反応が、出ませんね」

 

とスーツの男の人は言ったそうです。

 

先輩は、「すみません。本当は、お酒、飲みませんでした」と答えました。

 

「だめですよ。あなたは、失格です。すぐに帰ってください」

 

といって、別のスーツを着た男の人に指図して、先輩を坑道の入り口まで連れていったそうです。先輩は、怖くて、足が震えていたそうです。

 

ただ、やはり、あのエレベーターの先が気になってしまったそうで、入口に戻る間に、スーツの男の人に、あれはどこにつながっているのかと聞いたそうです。

 

スーツの男の人は、「お酒を飲んでいない人には、とても危険なところです」とだけ言ったそうです。

 

先輩も、それ以上は、聞きませんでした。

 

先輩が坑道を抜けると、バスが一台だけ待機していました。先輩がそのバスに乗ると、先ほど赤い屋根の小屋で、お酒を飲めないと申告した人たちが乗っていたそうです。

 

スーツ姿の男が坑道に戻っていくと、バスの運転手が、一人一人に封筒を渡しました。中を見ると、ちゃんと1万円札が1枚入っていました。

 

運転手は、「来た時と同じように、カーテンを閉めてください。アイマスクもしてください」と言ったそうです。先輩は、まだ足の震えが止まらず、大学に戻るまで、悪寒が消えなかったそうです。

 

その後先輩は、大学で、あのお酒を飲んでもらった女の人を見かけたそうです。どうやら、同じ大学だったようで、同じ講義を受講することがあったそうです。その講義はテストがなく、3分の2出席すれば単位がもらえる講義でした。その女の学生は、しっかりと講義を休まず受講していたそうです。

 

ただ、毎週見るたびに、どこかやつれて、元気もなくなっていくように見えたそうです。あと少しで単位がとれる出席回数になる直前、その女の学生は、突然講義に出てこなくなってしまったそうです。

 

名前も知らなかったそうですし、もう大学の構内で見かけることもないそうで、その学生がその後どうしているのかは、分からないそうです。

 

先輩はあとで、「よもつ坑道」のことを調べましたが、そのような坑道について書かれているホームページや資料は何もなかったそうです。しかも、「よもつ」というのは、アルバイト中には気づかなかったそうですが、死者の世界という意味ということも、あとで気づいたそうです。

 

このアルバイトは、その後も不定期で募集されています。

 

先輩は、なぜだかとても怖くなってしまって、このアルバイトの募集を見るたびに、送迎にくるバスの時間と場所を記憶して、その時間は、バスが来る場所に近づかないようにしているそうです。

 

私も、抽象的なことしか書かれていない、報酬の多い短期のアルバイトには、応募しないようにしています。

 

著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter