怪文庫

怪文庫では、多数の怖い話や不思議な話を掲載致しております。また怪文庫では随時「怖い話」を募集致しております。洒落にならない怖い話や呪いや呪物に関する話など、背筋が凍るような物語をほぼ毎日更新致しております。すぐに読める短編、読みやすい長編が多数ございますのでお気軽にご覧ください。

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存在してはいけない物

私は東京出身のOLです。このたび結婚が決まり、彼の故郷の島根県に訪れました。

 

そこで彼のご両親に挨拶し盛大なもてなしを受けたのですが、本決に集まった親類の中に小さい子どもや赤ん坊がいないのが妙にひっかかりました。

 

「じゃあ、お先にお風呂いただきます」これ以上長居していたら本格的に酔ってしまうと思い、頃合いを見計らって宴会から離脱しました。

 

(それにしても暗いなあこのうち。なんだか湿ってるし、古い日本家屋ってどこもこうなのかな?)

 

などと疑問に思いながらみしみし軋む廊下を歩いている時、曲がり角の向こうから人の話し声がしました。

 

声に聞き覚えがあったので片方は先ほど彼に紹介された父方の叔父さんだと直感しましたが、もう一人はよくわかりませんでした。たぶんご近所の人だと思います。何を話してるんだろうと好奇心が騒いでこっそり聞き耳を立てたところ、物騒な内容が届きました。

 

「それで、あの事は教えたのかい」

 

「教えられるわけない……一族の……が、みんな……だなんて知られたら婚約を取り消されちまうよ」

 

二人とも声を低めているせいか肝心の部分が聞き取れず、得体の知れない気味悪さが募っていきます。

 

しかし婚約の話をしている事から、二人が私に知られたくない秘密を持っている事は漠然と理解しました。正直その場で追及しようか迷ったものの、ほんの数時間前に顔を合わせた親族の方に無作法を働くのも気が引け、何も聞かなかったふりをして廊下を引き返しました。

 

その時ふいに生臭い風が吹き、どこからか赤ん坊の泣き声が響き渡りました。「えっ?」縁側で立ち止まり見回せば庭の片隅の蔵が目にとまりました。

 

どうしてそんな事をしようとしたのか今考えても不思議ですが、気付けば朦朧としたまま地面に飛び下り、蔵の方へと歩み寄っていました。

 

蔵の鉄扉からおぞましい瘴気が漂い出して気圧されたものの、抗いがたい力に囚われて閂を外します。

 

するとギギ、と不気味な音をたてて扉が開かれ、埃っぽい真っ暗闇が視界に広がりました。確かにここから声がしたと確信して暗闇の中を進んでいくと、無数のお札を貼られた箱が奥に安置されています。

 

「何をしている!!」

突然怒鳴られて委縮する私をよそに、彼と彼の父親、叔父さんが蔵になだれこんできました。

 

「ごめんなさい、ここから呼ばれた気がしてうっかり覗いちゃったの。ねえ、この箱はなに?いっぱいお札が貼られてるけど開けちゃだめなの?なんだかパンドラの箱みたいね」

 

笑ってごまかそうとする私とは対照的に、彼や父親は厳しい顔を崩さず押し黙っています。数呼吸の沈黙を経て口を開けた彼の叔父が放ったのは、意外な一言でした。

 

「それはクガイだ」

 

「苦界って、仏教用語のですか?」

 

さらに困惑する私を居間に引っ張っていった彼は、親族一同を集めて会議を始めました。そこで私が告げられたのは、コトリバコから派生した紛い物、クガイの恐ろしい呪いでした。

 

コトリバコは犠牲にした子どもの数にならって「イッポウ」「ニホウ」「サンポウ」「シホウ」「ゴホウ」「ロッポウ」「チッポウ」「ハッカイ」と名付けられていますが、実は存在してはいけない、それ故語ってもいけない九番目……クガイがあったのです。

 

コトリバコは私も知っている有名な怪談です。あのお話の村人は自分たちの過ちを悔い改め、現存するコトリバコを持ち回りで保管する事に決めました。しかしその後に差別や迫害が復活し、別地方の部落の人々がコトリバコの作り方を教えろと声を上げます。

 

もとよりコトリバコを持っていた村人たちは門外不出の秘儀だと拒み抜いたものの、彼らは決して諦めず、間者を潜り込ませるなどしてコトリバコの作り方の一部を知り得ます。ところが、中途半端な知識によって作り上げられたコトリバコは未完成な呪具となりはてました。

 

「ということは、皆さんは元部落の方々なんでしょうか」

 

「いいや……恥ずかしい話だが、コイツを捧げられた支配者側だ。うちは明治までこの地方で一番でかい庄屋だったんだ」

 

彼の父親の発言にどうりで屋敷が立派なはずだと納得した矢先、疑問が浮かびました。

 

従来のコトリバコの話では女子供が全滅し一族が途絶たはずですが、それなら何故彼やその親兄弟が生き残っているのでしょうか。おそるおそる聞いた所、未完成なコトリバコ「クガイ」による呪いは不完全で、一族の女子供を取り殺すまでには至らなかったと説明を受けました。

 

「しかしある意味ではただ死ぬよりもっとひどい罰を受けた」

 

「もっと酷い罰って……」

 

「一族の女は皆不妊になる。よそからきた嫁も例外なく」

 

「えっ……で、でも彼は?息子さんじゃないんですか?」

 

「知人の倅を養子をとったんだ。俺たちも皆そうだ、遠くから婿入りしたり養子だったりで直接的な血の繋がりはない」

 

そんな……愕然とする私にむかい、彼は黙っていてすまなかったと土下座で謝罪しました。

 

もし彼と結婚してこの家に入れば、私も子どもを産めない体になってしまうのでしょうか?不安に苛まれて俯く私に対し、彼とその父親や叔父たちは、さらに意味深な事をほのめかしました。

 

「いや、正確には不妊ではない。一人目が産まれることは産まれる。二人目からは無理じゃ」

 

「なんだ、そうなんですね」

私が言いかけるのを遮って皆が腰を上げ、屋敷の奥へと移動しました。わけがわからず後に続いた私の耳を、弱々しい産声が貫きました。赤ん坊が泣いているのです。いいえ……よくよく耳をすませれば、それはしわがれた老人の声でした。

 

彼の父親が納戸の戸を開けると、板の間には老人の顔をした赤ん坊が何体も這っていました。

 

「クガイの由来は苦界、この世の地獄を意味する。一族の女が産む最初の赤ん坊は皆産まれながらに老いている。立って歩かんし言葉も話さんが、食わんでも生き続ける」

 

「し、死なないんですか?」

 

「いや……新しい赤ん坊が産まれたら死ぬ。一人産まれたら一人死ぬ、その繰り返しだ。数は必ず九人に保たれる。それぞれ名前もあるんだ。イッポウ、ニホウ、サンポウ、シホウ……」

 

赤ん坊を次々と指して数える父親に気も狂いそうな恐怖を感じ、脇目もふらず逃げ出しました。

 

この事がきっかけで私と彼は婚約を解消しました。

 

ここから先は私の推理ですが、あのクガイと呼ばれるコトリバコは、ことによると一番強力なハッカイより恐ろしい代物かもしれません。ハッカイは全てを滅ぼす邪気を秘めていますが、クガイは人外の赤ん坊を産ませた末に女を不妊にし、末永く生き地獄を味あわせるのですから……。

 

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