怪文庫

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座敷童

これは私が学生時代に東北の寒村で体験した出来事です。

 

大学時代民俗学を学んでおり柳田國男の「遠野物語」を愛読していた私にとって、遠野は憧れの地でした。中でも座敷童のエピソードは印象深く、実在するものならぜひ会いたいと思っていました。

 

しかし何故座敷「童」なのか、彼ら彼女らが年端もいかない子どもの姿で現れるのは何か意味があるのだろうかと考えていました。

 

その疑問を解決する為色々文献を読み漁りましたが答えが出ず、去年の夏休みに東北の寒村に旅立ちました。

あれこれ考えるより行動した方が収穫が多いと思ったのです。

 

私が向かったのは残念ながら遠野郷ではありません。具体的な地名は伏せますがその近くの村で、こちらも座敷童の目撃談や逸話が多い場所です。お世話になったのは知人の両親が宿を営む和風建築の屋敷で、手毬だの人形だの座敷童が好みそうな子どものおもちゃがたくさん飾られていました。

 

早速ご両親や近隣住民に座敷童の謂れを聞いた所、どうしたことか皆気まずそうに口を濁します。これは何か知っているなと直感しましたが、執拗に詮索して嫌がられては元も子もないと判断し、その場は大人しく引き下がりました。

 

もし本当に座敷童がいるのなら出てくるのは夜、皆が寝静まった頃に違いありません。スマホで姿を撮るなり物音を録音するなりすれば確かな証拠を持ち帰れます。

 

その日の夜、布団を被ってドキドキ待ち構えていると枕元に衣擦れの音が立ちました。続いて響いたのは小さい子ども特有の軽い足音です。

しばらくするとキャッキャッと無邪気にはしゃぐ声が聞こえてきました。甲高く澄んだ女の子の笑い声です。二重に響く事から座敷童は二人いると思いましたが、それにしては足音が一人分なのが妙でした。

 

まあいいさ、撮ればわかる。

 

飛び起きて驚かしてはいけないと用心しながら片手に隠し持ったスマホのシャッターを切ります。直後、フラッシュが座敷童の素顔を暴きました。

 

「ひっ!?」

 

思わず悲鳴を上げてしまいました。フラッシュに暴き出されたのは、腰のあたりから二体に分かれた幼い少女たち……結合双生児の姉妹だったのです。

布団に起き上がった私と目が合うなり彼女たちは逃げていきます。

 

「ま、待て!」

 

好奇心と恐怖に駆り立てられて後を追うも、既に姿は見当たりません。一体どこへ消えたと困惑し、壁の向こうから聞こえる物音にハッとしました。拳で軽く叩けば空洞の音がします。隠し通路が存在するのです。

 

彼女たちはこの奥にいるに違いないと確信して板壁を調べれば、案の定入口を発見しました。板を剥がして踏み込めば、真っ暗闇の中に急な階段が続いています。

ギシギシ軋む階段を注意深く下りた先で、再び私を招くような笑い声が聞こえました。やっぱり足音は一人分……。

 

「そこにいるの?」

 

震える声を張り上げて下に着くなり、衝撃的な光景を目の当たりにしました。正面に木製の格子が嵌まった座敷牢があり、その中に手毬やおはじき、みすぼらしい人形が散乱しているのです。

 

「きたね」

「きたのね」

 

背後で響いた声にぎょっとして振り向けば、結合双生児の姉妹がにっこり微笑んでいました。彼女たちが滑るように急接近し、私の手を引いて座敷牢へと誘います。

 

「君たちは一体なんなんだ!」

「私たちは座敷童」

「座敷牢に入れられた童」

 

恐怖に言葉もない私の眼前でゆっくりと南京錠が上がっていきます。

 

「何をしてるんだ!」

 

直後に野太い怒声が届いて宿の主人が駆け下りてきました。ハッと我に返れば座敷童たちは消えており、私の手にはみすぼらしい布製の人形が握られています。その人形もまた彼女たちと同じで、腰から半身が分かれていました。

 

空っぽの座敷牢の前に立ち尽くす私を一瞥、主人とその奥さんは大きなため息を吐きました。

 

「ああ……お客さんは気に入られてしまったんですね。わかりました、全てお話します」

 

深夜の居間に場所を移した私が聞かされたのは、この村の座敷動に纏わる哀しい謂れでした。

 

200年前、この家に双子の娘が生まれました。彼女たちは結合双生児であり、その姿を一目見るなり産婆は「祟りじゃ!」と叫んで卒倒したそうです。母親は気が狂ってしまいました。

娘たちは物心付く前に座敷牢に閉じ込められます。ところが唯一彼女たちに同情していた乳母が、夜だけこっそり南京錠を外して屋敷で遊ばせたのです。

 

屋敷には人が泊まりにくることもありました。彼等は夜に走り回る足音を座敷童と思い込んで有難がります。家長もまた「この家は座敷童のおかげで栄えておる」と嘘を吐きました。

 

「座敷童とは故あって座敷牢に入れられた子どもの事……結局双子は長生きできず、ここで果てたといいます」

 

座敷童と呼ばれる存在の多くは障害や出自のせいで表に出せず、こっそり間引かれた子どもたちのなれのはてだと言います。死後に福を呼び込む神として祭り上げたのは、彼等を死なせてしまった罪の意識によるものでしょうか。

 

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