怪文庫

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猫のかたまり

私がまだ小学生の頃の話です。学校の近くに神社がありました。

境内がけっこう広かったので、毎日のように友だちとよく鬼ごっこやキャッチボールなどをして遊びました。

隅に樹齢何百年とかいう噂の大木があり、太い根っこの一部にこぶし大の穴が開いていました。その穴の向こうがどうなっているのか気になり、友達とのぞきこんだりしましたが、中はただ暗闇しか見えませんでした。

 

穴に向かって「あ~!」と叫んでみると、音が反響して聞こえたので、かなり深くて広い空洞が広がっている気がしました。そのあたりは、やけに野良猫が多く、ときおり、猫がその穴の中に落ちてしまうようでした。

遊んでいると、どこにも姿が見えないのに、猫の鳴き声が聞こえることがあったのです。

しばらくは気になりましたが、数日たつと、弱ってきたのか死んでしまったのか、声は聞こえなくなりました。

 

いつからだったでしょうか、それまで時々だった猫の鳴き声が、毎日のように聞こえるようになりました。時には、何匹もの声が聞こえてくることもありました。妙に思って友だちに聞いてみたところ、

「クリニーング屋のばばあのしわざだよ。見たもん、おれ」

神社の裏のクリーニング屋のおばあさんは、大の猫嫌いで、猫を箒で叩いて追っ払っている姿は何度か目にしたことがありました。どうやらこの穴の存在を知ったおばあさんが野良猫をつかまえては、穴に投げ込んでいるようでした。

 

やがて私たちは中学生になり、境内で遊ぶことはなくなりました。おばあさんは、ぼくらが小学校卒業直前に亡くなり、同時に野良猫も町内会で駆除の動きが高まり、大半がつかまえられ保健所に引き渡され姿を消してしまいました。

 

高校二年の夏休み、久し振りに小学校の友人たちと会い、花火をしようということになりました。近くの公園は花火が禁止されているので、どこでやるか迷っていると、友人の一人が言いだしました。

「あの神社はどうだい。あそこだったら、誰も文句言う人もいないし、それに、久しぶりに行ってみたくないか」

私たちは何年かぶりに神社に足を運びました。何も変わっていませんでしたが、小学生の頃は、あれほど広く思えた境内が嘘のようにせまく見えました。例の大木は当時のままでした。

 

「おい、こんなもん落ちてたぞ」

一人が、隅の草むらに落ちていたボールを見つけました。私たちは懐かしくなって当時よくやったキャッチボールを始めました。

けれども、すぐにつまらなくなってやめました。当時はただボールを投げてキャッチしているだけですごく楽しかったことが不思議でした。

 

「まだあるじゃん、この穴」

一人が、大木に駆け寄って穴をのぞきこみました。

「中は猫の死体だらけだろうな」

「とっくに骨になってるって」

「その骨も腐ってぼろぼろだ」

一人が、ボールを穴の中に投げ込みました。耳をすませましたが、やはり穴は深いらしく何の音もしませんでした。私は、その底に積み重なって腐っているであろう猫の死骸のことを考えて少しいやな気分になりました。

 

花火を始めると、すぐに私たちは夢中になりました。友人たちの歓声の合間に、かすかに猫の鳴き声を聞いたような気がしましたが、ロケット花火に気をとられてすぐにそのことを忘れてしまいました。

 

私たちは小学生に戻ったようにむじゃきにはしゃぎまわりました。一人が、ふざけて誰かに投げつけたねずみ花火が地面をはいまわって、例の穴の中に落ちて消えました。

すると、その数秒後でした。ものすごい大きな声が聞こえました。まるで地の底からわきあがってくるような絶叫でした。

その声は長く伸び、高くなったり低くなったりしました。夜中によく耳にする発情期の猫の声を思わせましたが、無数の声が重なりあって同じトーンで響くそんな不気味な声は聞いたことがありません。

皆、ぎょっとして、はしゃぐのをやめました。残ったねずみ花火の一つが消えて動きをとめると、静寂の中、不気味な声だけが闇を切り裂いて響いていました。その声は、明らかに例の穴から聞こえていました。しばらく、皆黙りこくったままでした。

 

「なんなんだよ」

ようやく一人が、上ずった声をあげましたが、誰も穴に近寄ろうとしませんでした。声はだんだん低くなっていましたが、まだ続いていました。

私はふと思い立って、袋の中から最後に残った手筒花火を取り出し、火をつけました。きらびやかな光が噴出する筒を手に、私は、穴に歩み寄りました。

「おい、何するつもりなんだよ」

背後に友人の声を聞きながら、私は穴に手筒花火を差し入れました。

その瞬間、私は息を飲みました。

 

ちらちらまたたく淡い光の中に見たものを、私は一生忘れないでしょう。

始めに目に入ったのは、白や黒やまだらのふさふさしたまるい毛のかたまりでした。が、目をこらすと、その中に無数の猫の顔がくっついていました。そしてそれぞれが、二つの目をぎらぎらと光らせ白い牙をむきながら喉を震わせ声をあげているのです。

投げ込まれた猫たちは、死んだ後で、ひとつに溶け合って別のいきものとして生まれ変わった。そうとしか考えようがありません。

ほどなく手筒花火は消え、穴はふたたび暗闇に包まれました。

 

「おい、何だったんだよ」

口々に問い詰める仲間たちを無視して、私は、帰り支度を始めました。ただならぬ私の様子を察したのか、誰もそれ以上何も言いませんでした。

 

数年後、社会人となった私たちは、同窓会で再会しました。

「お前、あの時、いったい何を見たんだよ」

当時のことを思い出した友人の一人が私に尋ねました。

「猫のかたまりだよ。死んだ猫が溶けあってひとつになって生まれ変わったみたいだな」

私は、酒に酔ったふりをしてそう答えました。むろん、誰も信じませんでした。

 

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