怪文庫

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日本に存在していた民族

サンカとは、昔日本に存在していた民族で、いまでは存在しないことになっています。

 

私が生まれのは、山梨県の山間の田舎街です。急行が停車する駅もあり、市の人口は2万人以上はいました。中央高速道路はまだ建設中で、今では街と山を分断している道路は当時はまだ無く、街の後ろに続く深い山々には、子供でも簡単に立ち入ることができました。

 

ある日、木の枝に熊をくくり付けた猟師が山から降りてきました。彼らは猟で獲った獲物を、昔からの付き合いがある特定の家に売りに来ます。

 

このエリアでは、私の家だけだったと思います。何も話さず、裏庭で、勝手に解体をはじめて、料理しやすい肉の塊を置いて行きます。

 

母親は、見合った額を勝手に判断して、渡します。獲物は雉だったり兎だったり、ときには栗やキノコだったりしました。

 

父親が言うには、彼らは部落を持たず、山から山を猟をして旅をしている『サンカ』と言う人たちで、文字を知らないと言っていました。話しかければ、挨拶くらいはしますが、ほとんど会話をしないようです。私も話した記憶はありません。ニコニコと笑う感じがいい人たちでした。

 

当時は終戦から10年が経過し、東京では復興が進んでいたようですが、田舎はまだまだ豊かな暮らしとはほど遠く、街には戦争の名残りがそこここにありました。たしか、町外れの防空壕で暮らしている人もいましたし、傷痍軍人が、校庭でアコーディオンを弾きながら物乞いをしていました。

 

同じ町内に、戦時中に親をなくした孤児が子供だけで暮らしている家がありました。近所の人たちは苦しい中で引き取ることも出来ないが、食事だけはなんとそれぞれ面倒をみていました。

 

その家の1番上のお姉さんは母親がわりで、とても優しい人でした。両親は栄養失調で亡くなったと聞かされました。近所の人たちは見るに見かねて、下の子供たち3人を、養護施設に預けるように説得しましたが、お姉さんは「あと半年で中学を卒業できます。

 

そしたら働いて弟たちの面倒はしっかり見るので、見逃して下さい。助けて下さい」と、けっして大人たちには世話になりませんでした。今からは考えられませんが、子供たちだけで、しっかり暮らしていました。

 

ある時、裏で遊んでいると、山からサンカが獲物を売りに来ました。お姉さんがなにやら話していたのを、私は少し離れた柿の木に身を隠すようにして、見ていました。しばらくすると、3人の弟たちが家から出てきました。

 

お姉さんはなにやら泣きながら話しています。サンカの2人が荷物を片付けて帰るときに、2人の弟たちの手を引いていました。お姉さんは1番小さい弟を抱いて、ずっと見送っていました。

 

「最近隣りの家の子供たちを見ない」と、大人たちが噂話をしていました。でも、私は誰にも話さなかった。

 

「親戚に預けたって言ってたよ、よかったなあ、あの娘もとうとう諦めたんだね」

それなら、サンカと呼ばれている謎の山の民がお姉さんの親戚なのか、だったらどうなのか、私はまだ子供過ぎて理解出来ませんでした。

 

10年ほどまえに、母親が亡くなり、久しぶりに帰省しました。その時にお姉さんと再会しました。すっかり歳をとって、普通よりも老けて見えました。

 

私たちは再会を喜びあい、私は「弟さんたちは、お元気ですか?」と、何気なしに聞いてみました。すると、明らかに会話をそらして話題を変えようとしたので、私は更に聞いて見ました。

 

弟は隣りの街で、板金屋を営んでいると言いました。「あとの2人は?」すると、弟はひとりしかいないと言うのです。それっきり、無表情になり、私はしてはいけない会話だと悟りました。

 

私はまだ60代前半で、それほど古い話しではありません。何回か近所の昔からいた人たちにサンカの話題を振っても、みな見たことも聞いたこともないと言います。

 

皆んなが隠してしまったのか、今となってはわかりませんが、私は子供の頃にサンカを見たことがあります。サンカに渡してしまった子供たちのこともしっかり覚えています。

 

あの時代だから許されたのか、私が黙っていたから、何も表沙汰にならなかったのか、もはや分かりませんし、今更蒸し返したところで、どうにもならない。あの子供たちは、その後どんな暮らしをしたのでしょう。

 

サンカと呼ばれる人たちは、あの日を最後に山から下りてくることはありませんでした。

 

今思い出しても、自分が体験した話しとは、いささか自信がなくなるほどです。私の兄に聞いても、あの家にあと2人男の子がいたことは記憶にないと言います。サンカが山から降りて来たと言うと、そんな事すら記憶にないようです。都合が悪い記憶は、ときとして、自然消滅してしまうのでしょうか。

 

私は、何回もこちらを振り返りながら山に消えた男の子を忘れることは出来ません。

 

しかし、蒸し返して何になるのでしょうか、それでも話しておきたかったので、この場を借りて話したかったのです。そんな時代があった事を片隅にでもしまって下さい。

 

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