怪文庫

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不思議な夢

私は昔から夢見が悪く一日の平均睡眠時間が2時間を切ることもざらでした。

 

社会人になってからは就職先がブラック企業だった事もあって心を病み、睡眠薬を常用するようになりました。睡眠薬を飲んでいる間は眠りが深く、滅多に夢など見ません。

 

しかしある時から不思議な夢を見るようになったのです。

 

夢の中の私はどことも知れない寂れた無人駅にいました。すると無感動なアナウンスが響き渡り、遊園地で見かけるお猿の電車がホームに滑り込みます。

 

私が引き寄せられるように最前列の空席に乗り込むと電車は出発するのですが、恐ろしいのはここからです。

 

電車の後方には私以外に三人の男女が乗っていました。

 

すぐ後ろはまだ大学生でしょうか、とても顔色が悪いです。学生の後ろの男女は私と同じ年頃でスーツを着ていました。

 

「次は活け作り~活け作り~でございます」

 

妙なアクセントのアナウンスが響き渡るや小人たちが最後尾に群がり、哀れな男を刃物で解体し始めます。

 

夢にしてはリアルすぎる、グロテスクな光景にぞっとしました。

 

解体作業が完全に済むと男の死体は小人たちによって運び出され、目が覚めた時にはびっしょり汗をかいていました。全く意味不明で支離滅裂な内容でした。

 

この夜から数日ごとに奇妙で残酷な夢に悩まされるようになりました。

 

男が退場した後電車には空席ができ、次に乗っている女性にターゲットが移りました。

 

彼女は「抉り出し」の犠牲となって眼球をくりぬかれます。

 

酸鼻を極める光景と鉄錆びた血臭が押し寄せ、気も狂いそうな恐ろしさで失神しそうになりました。

 

次第に私の精神力は削り取られ夜寝るのを恐れるようになります。

 

心療内科の受診の際に睡眠薬の増量を懇願しても無駄でした、頭でっかちな医者は私の悪夢を妄想の一言で片付けるのです。

 

 

数日後に見た夢ではとうとう私の背後の学生に順番が回ってきました。

 

「次は挽き肉~挽き肉~でございます」

 

音程の狂ったアナウンスが響くと同時にウイーンとドリルが作動し、すぐ後ろで凄まじい断末魔が上がりました。

 

頬にぴちゃりと飛んできたのは血糊と肉片です。

 

今にも失禁しそうな恐怖を耐え忍んで俯き、夢ならすぐ覚めろと狂おしく念じます。

 

結局彼が絶命するまで夢は終わらず、乗客が私一人になった電車が走行を再開しました。

 

私は深刻な不眠症に陥りました。夜ろくに眠れない為昼の仕事にも支障をきたし、やがて休職に追い込まれます。

 

以降はアパートの一室にひきこもって怯える日々を送っていたのですが、ある時ふと違和感を覚え、ネットで検索をかけてみました。

 

私の夢によく似た内容を以前どこかで見聞きした事を思い出したのです。

 

私が辿り着いたのは有志が古今東西の都市伝説を集めたホームページで、そこに「猿夢」の解説が載っていました。

 

読み始めてすぐ全身から血の気が引き震えが止まらなくなります。

 

解説と相違点を挙げるのは乗客が一人増えていた事でした。

 

私の後ろに座っていた学生は一体誰なのだろうと推理し、「猿夢」本来の語り手ではないかと思い当たりました。

 

ここでやめておけばよかったのに、怖いもの見たさの好奇心に突き動かされた私はネットニュースを片っ端から検索しました。

 

すると一枚の記事がヒットします。ある駅のホームから転落して電車に轢かれた学生の記事です。

 

当初は自殺ではないかと騒がれたのですが、鑑識の解剖の結果心不全だと判明したそうです。早い話、ホームから転落する前に心臓が止まっていたのです。

 

もし彼が「猿夢」本来の語り手で、立った状態でうたた寝し夢の続きを見たのだとしたら、文字通り死ぬほどの恐怖を味わい心臓が止まってしまったのでしょうか。

 

駅のホームから落ちたのも偶然ではなく、これまで過労や鬱による飛び込み自殺と考えられていた人たちも全員「猿夢」が原因で死んでいたのなら……。

 

幸いにして学生には解剖が行われましたが、電車に轢かれてバラバラになった状態で真の死因を突き止めるのは難しいです。最悪の場合遺体が見付かりません。

 

数日後、心療内科に行くため駅のホームで電車を待っている時にアナウンスが聞こえてきました。

 

「次は~磔、磔でございます」

 

活け作り、抉り出し、挽き肉ときて最後は磔……どんな死に方かまるで想像できず慄けば、目の前に電車のライトと轟音が迫ってきました。

 

次の瞬間、誰かに背中を押されました。

「あっ」と叫ぶ暇もなく体がよろめき、電車の前に倒れこもうとします。

 

「何やってんじゃないかアンタ、危ないじゃないか!」

 

「す、すいません。ありがとうございます」

 

すぐ隣の会社員が腕を掴んで引き戻してくれた為、辛うじて事なきを得たものの心臓はバクバクしています。振り返った所で誰もおらず、夢と現実の区別が付かなくなっていました。

 

もし電車にはねられていたら、私の体は運転席の窓ガラスに磔にされていました。

 

しかし一日中寝ないでいるのは限界です、じきに私の意識が途切れる瞬間が訪れます。その際は私の席が空き、新しい乗客が迎え入れられるのでしょうか。

 

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