怪文庫

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メモが書かれる

社会人になったばかりの頃、メモを取れとよくいわれた。直属の上司だけでなく、かなり立場の高い人にもいわれた。今は別の会社に転職したからよくわかる。

 

あの会社は結構ブラックだった。

 

仕事終わりの飲み会でも、先輩が人生訓みたいなことを話すのだ。それさえもメモとして残せと強制されるから、書き残していた。

 

スマフォのメモはダメだといわれるので、安いメモ帳を常にポケットに入れざるを得なくなった。はっきり言うけどそのメモは仕事には何の役にも立っていない。それなのに何冊も浪費して僕はメモを取り続けた。

 

そのほとんどはもう捨ててしまった。

 

けど、一冊だけどうしても捨てられないメモ帳がある。

 

先にいっておくけど、別に大切な思い出があるとかそういう話じゃない。むしろ僕の人生で唯一といえる超常現象がそのメモに記されているから残している。

 

当事者としてはほとんど怪談なんだけど、人に話すと興味をもたれることが多い。そのメモを見せてもこの怖さは伝わりにくいと思う。

 

順を追って話す。

 

最初は1行ぐらいの文章だった。僕のメモ帳に他人の筆跡で何か書いてあるのに気づいた。書かれていたのは『明日、16時●●社の●●さんに発注ミス報告』という文字。僕はその内容に心当たりがあった。

 

実際発注ミスがあったので、先方に報告だけはしておこうと思っていたのだ。けど、メモに気づく前日にその連絡は終わっていた。

 

奇妙なことに、その1行はなぜか一番新しいページに書かれていた。上司か、あるいは他の人が忘れないよう忠告の意味で書いてくれたのだろうか、と考えた。だからそのときは気にも留めなかった。

 

それだけならよかった。問題なのはそれからも僕のメモ帳には知らないうちに文字が増えた。しかも同じ筆跡で、内容はその時々で違うけどほどんどが少し前に必要だったことが書かれていた。

 

つまりメモを見た段階ではもはや不要な情報ばかりなのだ。

 

いまでもそのメモが手元に残っているので確認できる。『稟議書の訂正 部長より先に●●さんに相談』とか『パワポが開けない。拡張子が消えてる?』とか。多分僕以外には何の価値もない情報が書かれている。でもそれらの文字すべて、筆跡が僕じゃない。

 

不思議なことに同僚や上司が知らないであろうことまでメモに書かれていた。

 

いくら業務を把握していても、四六時中監視しているわけじゃないんだからわかるはずないのに。何度か部署の中で尋ねて回ったことがある。

 

さすがに他の部署や他所の会社のお客さんが書くのはありえない。自分の席の近くとか、よく話す人に聞いたが、誰も知らないという。そりゃそうだろう。

 

じゃあ誰が書いたのかが問題だ。僕にとっては大問題なのに、他の人にはその怖さが伝わらないのが腹が立った。というのか、僕の話をぜんぜん信じてないのだ。

 

困りはしつつも、とにかく誰が書いているのか確かめる必要があると思った。

 

メモの書き込みは常に新しいページに書かれるのだから、そこを開いて目の届く範囲に常に置いておいた。パソコンのすぐ脇や、昼食の時は社員食堂に持ち込んでトレーの横に置いておいた。こうすれば誰かが書こうにも書けないのだ。そう思っていた。

 

実際にはメモは書かれた。そんなのあり得ないといわれそうだけど、信じてほしい。僕は真面目に恐怖に震えた。そのメモを誰が書いたと思う?

 

新しい書き込みは『僕』が書いていた。

 

いや、正確じゃない。僕の手が勝手に書いていた、としか説明できない。自分の席でキーボードを打っているとき、誰かに手を引っ張られるような圧を感じた。びっくりしてると、手はひとりでにペンを握って開いていたメモ帳に文字を書き始めた。

 

あっけにとられている僕の意思とは無関係に文字は書かれ、既に不要な情報を書き記している。あまりに恐ろしくてその場で上司に報告した。

 

上司は真面目な顔で『病院にいけ』と告げた。

 

それから僕は精神科にしばらく通った。カウンセリングも受けた。

 

だが、医者にいわせると問題がはっきりしないという。というのかほとんど健康に近く、治療の方針が立たないといわれた。一応念のため脳神経内科にもいったし、MRIもとってみた。

 

何の問題もなかった。肉体的に問題ないことの方が問題だった。

 

じゃあなんで僕の手は勝手にメモを取るのか。実害はないとはいえ、ぞっとさせられる。誰が僕にあの文字を書かせているのか。相変わらずメモを勝手に書いてしまう。

 

僕は気味悪く思いつつ、もうあきらめてそのままにしていた。

 

重ねていうが、何の害もない。だから別にそのままにしておいても誰も困らない。そんな状態が二ヶ月ぐらい続いた。

 

そのメモ帳が残り1ページになったので、そろそろ新しいのを買わないといけなくなった。

 

そんなとき、こんな文章が勝手に書かれた。原文のまま載せる。文字の空白は大体の間隔だと思ってほしい。

 

『もう後少しでこのメモ帳を捨てる。新しいのを帰りに買う。

次のメモ帳になったらもう僕はかけない。

 

僕はかけない。あと一枚しかない。もうかけない。もうかけない あと数行で終わる。もうかけない。あと1行しかない。もうかけない。もうかけない。今日で終わる。帰りにメモ帳を買う。僕はもうかけない』

 

これで終わり。

 

最後の方は文字が小さくなって、かなり見づらい。なんというのか、最後の抵抗みたいな必死な文字になっている。

 

このメモ帳は転職した後も、捨てずに持ってる。

 

怖いと感じつつ、なんだか捨てられないのだ。誰がこんな文章を書かせたんだろうか。それだけがずっと気になってる。

 

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