怪文庫

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時空のおっさん

異次元空間に入り込んだ人はたくさんいる。現代社会からなんらかのきっかけで見知らぬ世界に移動して、さえない中年のおっさんに出会うことで、もとの世界に戻れるらしい。私はオカルトファンで異次元空間や異次元にワープした話がたくさん仕込まれていた。もし、異次元駅にたどり着いたらやりたい事がある。時空のおっさんに会ったら弟子入りを志願したいものだ。

 

 このような非日常をのぞむ中年に今の社会は冷たい。深夜の列車に乗ろうが、知らない路地を歩き回ろうが私にはそんなチャンスは回ってこなかった。

 

夢見る中年は、このご時世で仕事を失い、そろそろ人生にさよならしようと考えていた。死に場所をいろいろ考えているときに、思い浮かぶのは、富士山の樹海だったり、三角の中庭があるマンションだったり、最後の瞬間までオカルトめいたことを考えてしまう。なぜ、自己逃避ばかり考えるのか情けない。

 

 私はあの日、あるだけの小銭をかき集めて、電車に乗った。着いたところは奥多摩だった。首をくくる木には不自由しないだろう。山の中を目指して進んだ。途中の山肌に、岩が突き出した風景が見えた。岩の上に人がいる。

『おや?』

デジャブか、私はこの情景に見覚えがあった。前に確かにこんな風景の場所であの人と会話した。岩の上の人も私を見つけたのか、手招きをしている。

 

私は汗をかきながら、ゆっくり山道を登った、その間に、何か関わりがあったことを探った。40分ばかり山肌を登ると岩の上に出た。張り出した岩は1mばかり下で、飛び下りなければならない。

 

すべてを諦めた私には、飛び降りるくらい大した問題ではない。

えいや? と、飛び降りて、男と向かい合った。

誰だ? 見たことがある!

「情けない奴だなぁ、もう放棄するのか?」

いや、この男は私ではないか?

「あいにくだが、記憶を失っている。なんで自分と対面しているのかな」

「おまえが会いに来る限り、私は何度もおまえを元の世界に返さなくてはならない。必要なのは金か? 邪魔な奴なら消してやるけど」

「金も欲しくないし、生きてることにくたびれた」

「私はおまえの未来の姿だ。おまえに死なれると、私の人生も終わってしまう」

 

 その男は岩の上に座り、こんこんと説明を始めた。あと30年ばかり生きていると、超文明社会に入る。次元上昇があり、選ばれた人間だけが幽体となり、不老不死の体を手に入れることになるという。目前に次元上昇を控えた私は、過去の自分が人生の終焉を迎えそうだと気がついた。

 

「あっ思い出した。昔人生に嫌気がさして、ガス管を捻ってライターを取り出した時に、おまえが私の前に現れて、ライターに手を掛けた。爆発音がして気がついたときには、赤い空の野原だった」

「俺のただひとつの肉体だからな、なくす訳に行かないんだよ。あと少しだ30年生きてくれ」

「おまえ、不老不死だろうが、天国に召されようが、人生なんて真っ平なんだよ。嫌なら殺してくれ」

「わからん奴だな、おまえを殺すわけにはいかないんだ」

「らちがあかない。帰るよ。もしおまえが時空のおっさんなら付いて行ってもいいが」

「ばかなことを言うな!時空のおっさんは次元上昇をした後だ、おまえも30年我慢すれば時空のおっさんになれる。なんとしても次元上昇するんだ。その体こそがだいじなんだよ」

 

私は意志が弱い。次元上昇と言う言葉は夢のようだ。そんな瞬間に至るなら、あと30年は我慢して生きて見ようか。どうせ軟弱者だあっさり引き受けた。

男は「生活資金だ」と10万円を渡された。まったくケチくさいと思う紛れもない自分がいた。次元のおっさんってのは、次元上昇した人間だったのか、少なくとも30年後まで生きていれば私も次元上昇して幽体になれる?

 

まてよ、あいつはドジで計算高い私そのものだった。自分が死にそうになる度に現れて、生きるように説得するのだ。

 

アパートの部屋にもどり、冷静になって考えた。

 

時空のおっさんってのは、助けてくれるヒーローじゃなくて、自分を守こてに専念する身勝手な自分だ。だったら私なんかに次元上昇する資格はない。

 

アパートの梁に手縫いをかけた。踏み台の椅子を蹴飛ばした。

 

時空のおっさんが現れた。

 

「もう、完璧して下さいよ。さっき納得したじゃないか。君の肉体は未来に続くんだ。たった30年我慢するだけだ」

この俺の30年後は、時空のおっさんになりたいのか?50年もただひたすら時空のおっさんに憧れていたと言うのだろうか。そう考えると、純粋な魂ではある。今時珍しいタイプだな、次元上昇する価値はあるって事か。私は納得して、俺に後30年生きると伝えた。

 

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