怪文庫

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狸に化かされた話

「読司(とくし)」という駅をご存知の方はいらっしゃらないでしょうか。今から2、3年前のことですが、四国の高知から愛媛県の松山への道のりを自転車で踏破した時に、山中でこの「読司駅」に遭遇し、ちょっと休憩した覚えがあるのです。が、しかし、JR四国にそのような名前の駅はありません。

 

元より、高知から松山に向かうのに四国山地を乗り越えて行くルートの路線自体が存在していないのです。地図をご覧になれば判ると思いますが、松山から出ている予讃線・予土線は四国山地を大きく迂回して海沿いを通り、宇和島を経由して高知県へと入ります。

 

鉄道以外の手段で四国山地を超えて高知へ行くとしたら、自動車道しかありません。また、香川県の高松から土讃線が出ており、山越えで高知へ行くルートがありますが、私が踏破した道路の近くに土讃線は通っていなかったと記憶しております。しかし、道を間違えて土讃線の寄りの山道に入ってしまったとしても、「読司」という駅は存在していないのです。

 

ついでながら、愛媛県には私鉄が伊予鉄道しかなく、その路線にも山越えのルートはありません。他の3県に関しても私鉄の路線を調べてみましたが、やはり山越えルートはなく、JR土讃線のみのようです。

 

自宅に戻った現在、狐につままれたような、妙な気分です。否、四国の方々はこういう時、たぬきに化かされたんだ!と思うことにしているそうですので、そういうことかと思って聞いて下さい。

 

読司駅との遭遇ですが、高知市から松山市に向かって、国道33号線を北上する形で自転車で走っていたところ、道路の脇に買い物客のような人々が集まっているのが見えたので、道の駅かな? と思って足を止めたのが端緒でした。

 

道の駅は、愛媛県内でも26ヶ所、高知県でも24ヶ所ありますが、四国の西部分の山の中に限れば、10ヶ所ほどです。しかし、どれを見ても、私が記憶している読司駅の外観とは一致せず、道の駅との見間違いではなかったようです。

 

この読司駅ですが、その時はすっかり道の駅だと思い込み、自転車を止めて、休憩できる場所はないかと広い駐車場を歩きました。すると、売店らしき建物があったんですね。産直市場があるのかな、と思って近付いてみると、その奥にもう一つ建物があり、駅舎のように見えました。

 

喫茶店の看板のようなものが見えた気がして、そちらへと向かっていくと、やはりJRの駅舎のようでした。JR四国の主要な駅舎はだいたい似たり寄ったりのデザインですので、すぐにそれと判ったんですが、こんなところに鉄道なんか通っていたっけ? と、一応不思議には思いました。

 

自転車を押しながら歩いていたので、どこか駐輪場はないかと探したのですが、駅舎からかなり離れたところに駐輪所のマークがあり、いったんそこまで行って自転車を置いておきました。

 

どうせ休むならベンチで缶ジュースを飲むより、喫茶店でゆっくりしたいと思い、駅舎の中に入っていくと、JR松山駅と同じようにみどりの窓口や食堂があり、案内板もありました。矢印の付いた案内板がいくつかあったので、それを一つ一つ見ていると、「読司駅」と書かれた看板が手前の通路の鉄柱に架かっているのに気付きました。

 

読司駅には「とくしえき」と読み仮名が振ってあり、やはり、こんな駅あったっけ? と再度疑問に思ったんですが、汽車に乗るわけではありませんでしたので、特に気に留めることもなく、別の案内板に目を移したところ、何故か「シネマ」の文字が……。

 

え? 映画館が併設されているのか? 道の駅に? JRの駅にそんなのがあるなんて聞いたことがない。どういう場所だ、ここは? と目を白黒させながらも案内板の矢印の指す方を見ると、奥に丸い屋根のそれらしき建屋が見えました。壁が真っ白で窓が薄い緑色だったのを覚えていますが、営業しているようには見えなかったのが印象的でした。

 

駅舎の中は結構人がいてわいわいと騒いでいたので賑やかな感じだったのですが、映画館に繋がる通路には全く人の姿がありませんでした。そのせいか、妙に寒々しい雰囲気だったのを覚えています。何だか寂れて打ち捨てられてしまった、どこぞの市民会館のような感じです。

 

つい興味を惹かれて映画館の方へ歩いていくと、地下道への入り口がぽっかりと開いているのに気付きました。地下に駐車場でもあるのかと思い、ちょっと覗いて見ると、コンクリートの階段が下へ下へと伸びており、その薄暗い壁に「地下通路」と書かれた案内板が貼り付けられていました。

 

通路ということは、どこかに繋がっているということです。どこだろう? と、ここでも好奇心が刺激され、階段へと足を踏み出して行きました。階段も暗かったのですが、通路に辿り着いてからも周囲は薄暗く、どこがどう繋がっているのか、よく見えませんでした。恐らく、こっちへ行けば、元の産直市場の方だろうと見当を付け、コンクリートが剥き出しの通路を歩いて行ったのですが、すぐに方向感覚がおかしくなってしまいました。

 

それでなくとも、私はビルのような建物内に入ってしまうと東西南北が判らなくなってしまう方向音痴です。安易に引き返すこともできず、仕方なく前へ前へと進んで行ったのですが、やがて出口があるらしい外の光が漏れている通路が見えてきました。

 

取り敢えず、外へ出よう。そう思いながら、薄明るい光を頼りに近付いて行くと、上へ昇る階段が見えてきました。ここから出られるな、とほっとしながら階段に足をかけると、出口の外の風景がちょっとだけ見えました。何だか、トンネルの天井のようなアーチ形のコンクリートが見えたんですね。

 

何だ、ここは?と思いながらも階段を昇りきると、そこは何故か駅のプラットホームでした。右手側には壁があるので、その反対側を見やると、同じくホームがあり、汽車を待っていると思しき客が数人、佇んでいました。

 

どうも、私が通って来たのは、下り(上りかも)のホームから上り(下りかも)のホームへ移動するための通路だったようです。え? 何で? というのが、この時の私の正直な感想です。改札を通らずにホームへ行ける通路なんかがあったらまずいでしょうに。無賃乗車し放題になってしまいます。というか、そんな通路が存在するなんて金輪際聞いたことがありません。

 

しかし、ホームの下には見慣れた二本のレールが敷かれており、そのうち汽車が来そうな気配です。乗る気はないし、切符は買ってないし、どうしよう、と狼狽していたら、すぐ近くに立っている中年の女性数人が何か話しているのが聞こえてきました。

 

曰く、この駅は臨時で設置されているので、いつもは汽車が止まらない。今日は近くの××でイベントがあるので、久しぶりにホームに入れた……。等々。要するに、いつも使われている駅ではないということです。が、それにしても今通って来た通路の説明にはなりません。

 

きょろきょろと周囲を見回してみると、構内が妙に暗い。やっと人の顔が判る程度です。が、すぐに理由が判りました。アーチ形の天井にも壁にも、照明らしい照明がないんですね。まるでライトの消えたトンネルの中に駅がある、という構造になっているんです。地下鉄の駅と似ているな、と思ったんですが、四国に地下鉄なんか通っていませんし、地下トンネルの駅もなかったはずです。

 

ふとホームの先を見てみると、トンネルの出口(?)からは明るい陽光が差し込んでいます。暗く感じるのはこのホームだけのようでした。これ以上ここにいても仕方がないので元来た道を帰ろうと再び地下通路へ降り、うろ覚えのまま適当に階段を昇って地上へと出ました。

 

幸いなことに、映画館を挟んで、入った時の反対側の出口から外へと出ることができました。ほっと一息つきながら、駅舎の売店へ行くと、何故かそこはコンビニでした。その向こうに待合室が見えたので、自販機でスポーツ飲料を買い、ベンチに腰掛けました。

 

そこで過ごしたのは10分ほどだったと思います。この休憩の後、再び自転車に乗り、山中の道路を走って行ったのですが、しばらくは人気はもちろん、車一台通らなかったと記憶しております。

 

自宅に戻り、しばらくは読司駅のことをすっかり忘れていたのですが、先日テレビ番組で「きさらぎ駅」の解説をやっていたので、ふと思い出しました。で、冒頭にある通り、ネットで調べたのですが、四国内はもちろん、日本のどこにも読司駅なんて存在してないんですよね。

 

きさらぎ駅などと比べると、怖くもなんともない、ただただ妙なつくりだったな、という印象しかない駅ですが、私にとっては充分不思議な体験の一つとなっております。

 

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