私が仕事で地方を訪れた時の話です。
その取引先は山間の町にあり、そこに行くには1つ山を越えなければなりませんでした。昼間はまだ明るいといっても山の中は木々が生い茂っている為、仄暗くうす気味悪さを感じていました。
仕事を無事終え、「さぁ、帰ろう!」という頃にはあたりは既に真っ暗。私はこの暗闇の中、あの山の中を越えて車で帰らなければならないのかと思うとうんざりとしていました。
「山道は夜になると危険ですし、泊まって行かれたらどうですか?」
町には宿泊施設もあると取引先の方は教えてくれました。しかし、私にはその翌日、どうしても出席しなければならない会議あり、取引先の方には丁重にお断りして、私は真っ暗闇の中車を走らせました。
案の定、山に差し掛かる頃には外灯1つなくなって、前方を、照らすのは車のライトだけです。暫く走っていると、前方に赤いものが過りました。
私は驚いて車を止めて見ると、何体かお地蔵様が並んでいました。その赤いものはお地蔵様の前掛けだったのです。
私は「なんだ、お地蔵様か」私はほっと胸を名で下ろすと、再び車を走らせました。暫く車を走らせていると、ふと私は疑問に思い始めたのです。
「行きにあんなお地蔵様はあっただろうか?」
あの赤い前掛けは目立つので先程のように目に入るはずです。ですが、私は行きにあのお地蔵様を見た覚えがなかったのです。
「道を間違えたのかも知れない」私は真っ先にそう思いました。
しかし、私が通って来たのは一本道です。カーナビも行きと同じ道を示しています。今まで走っていた道には分かれ道などなく、ただ真っ直ぐに進んでいただけ、一体どこで道を間違えるというのでしょう。
「行きはお地蔵様に気付かなかっただけ」そう思い直すと私はそのまま車を走らせました。
更に暫く走らせていると、道が徐々に舗装されたものから、砂利道に変わっていました。
「やっぱり道を間違えていたのか」と私は焦りました。
その頃時計は既に深夜を回っていたのです。本当ならばとっくに山を越えているはずでした。
「何処かで道を聞けないだろうか?」そう思いつつ車を走らせていると次第に何件かぽつぽつと民家が見え始めたのです。
「良かった。集落に出た」と私は胸を撫でおろしました。私は直ぐに車を止めると民家を訪ねました。
「すみませーん」深夜に申し訳ないと思いながらもわたしはインターホンを鳴らしました。
しかし、一向に誰も出て来ないのです。「こんな時間だからきっと怪しまれているんだろう」私はがっかりしながらも村に外に出ている人はいないかと探しました。
『木部村役場』
暫く村の中を歩き回っているとそんな木の看板が掲げられた公民館のような建物を見つけたのです。
「ここは木部村と言うのか」
誰もいないだろうと思いつつも私は念の為、公民館のような建物の中を覗き込みました。
中は真っ暗で何も見えません。
しかし、中から人の声がするのです。「こんな真夜中に公民館に集まって何をしているんだ?」私は奇妙に思い、早く帰りたい気持ちもありましたが、道を尋ねる前にもう少しだけ様子を見ることにしました。
公民館の中の声に耳をすませました。
「#$^&*@$$%」
しかし、中から声は聞こえるものの何を言っているかわからないのです。もう少しよく公民館の中を覗き込みました。
そこで私ははっとしたのです。
真っ暗だと思っていた公民館の中は、何かしら黒いもので埋め尽くされ、その黒い物体がゆらゆらと揺れているのです。
私は恐ろしくなり、慌てて車に乗り込み急いで村を出ました。勢いのまま猛スピードで車を走らせていると、今度は自然と元の道へと戻って来ていたのです。
翌日、私は取引先の方に『木部村』について尋ねました。
「『木部村』ですか? そんな村は近くにありませんよ。ただ……」
その取引先の方は少し言い辛そうではありましたが、こんな話を教えてくれたのです。
「よくうちの会社に初めて来られた方で『木部村』について尋ねられる方がいらっしゃるんです。その方は皆あの山を夜に通った方ばかりでね。その後、皆さんうちの会社に来て、夜遅くなると町の宿泊施設に泊まって帰られるようになるんですよ。私は子供の頃からこの町に住んでいますが、『木部村』なんて名前の村は本当に聞いた事が無いんです。一種の都市伝説みたいなものですかね?」
「都市伝説ですか」
私はそれ以上何も聞けませんでした。ネットを使って調べて見ても取引先の方にの言うとおり確かにその町の周辺には『木部村』は存在しなかった。
私はそれ以来その会社に行く場合は、夜遅くなると必ざ町の宿泊施設に泊まるようにしています。
あの『木部村』は何だったのでしようか?私の見た黒い影は何だってのでしょうか?もしかするとあのお地蔵様のその向こう側はどこか別の異世界へと繋がっているのかもしれません。
しかし、私はそれを確かめる為にあの奇妙な『木部村』へは二度と行きたいとは思わないのです。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)