怪文庫

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山伏信仰

近畿地方の山奥とまではいきませんが、最寄り駅に出るバスが一時間に2本程度、という田舎に住んでいました。

 

私は高校1年生、兄は大学2回生でした。

 

兄は大学入学の頃からアルバイトを始めていました。

 

私は兄がアルバイト先で聞いてくる色々な不思議な話を聞くのが好きでした。

 

たとえば、アルバイト先にあるトイレで、誰もいないのに時々水を流す音がする話、そのほかにはシフト表の4番目のところに勝手に書き込まれる見覚えのない文字や、マークの話でした。

 

その中でも、興味があったのは、文字の話でした。単なる誰かのいたずらのはずなのに、誰とも筆跡が一致しない、というものです。

 

ある日、兄のアルバイト先から10分くらい山の方へ進むとあるトンネルの中の落書きとシフト表の落書きの文字がどうも似ている、という話になったそうです。

 

達筆すぎて全く読めない文字、と聞き、どうしても見たくなった私は、兄に、連れて行ってほしい、と頼み込みました。

 

渋々、といった感じで了解してくれ、土曜日の23時から単車で連れて行ってくれました。

 

季節は春で、ひんやりとした夜でした。

 

そうして、例のトンネル前に着きました。山なので真っ暗です。

 

その時、トンネルなのに灯がついていないな、と思いました。

 

恐る恐るトンネルの中に入ると、さらに真っ暗で何も見えません。通り抜ける風の音が、唸り声のように感じました。

 

すると、突然パッと明るくなり、私はパニックになりましたが、兄が、車のライトだ、と言いました。

 

トンネルだから、車もそういえば通るやん、当たり前やな、と落ち着きを取り戻しました。

 

ところが、そのライトは一向にこちらへ来ません。ピタッと停車したまま、トンネル内に入ってこようとしないのです。

 

近くに桜が咲いていたから、それを見にきた人なのかもしれない、と兄が言い、ふと振り向くと壁一面にびっしりと書かれまた文字が浮かび上がりました。

 

うわぁ!と私も兄も叫びました。

 

先ほどまで真っ暗だったため、全く見えませんでしたが、壁そのものが文字で黒かったのです。たしかに達筆すぎて読めません。

 

叫び声を聞き、停車していた車から人が駆けつけてくれました。話を聞くと、車の人たちは大学生で、地元で有名な心霊スポットめぐりをしていたそうです。

 

そうして、このトンネルに来てみたら、私たち兄妹がトンネル内にいて、暗くて人か霊かわからず、車で待機していたようでした。

 

 

私たちは偶然、4人になりました。

 

大学生の1人が、文字を見て、考え込んでいました。私はどこかで見たことがあるような気がしましたが、どこで見たのかまでは思い出せませんでした。

 

ふと、もう1人の大学生が真っ青になり、一点を見つめていることに気付きました。

 

何かに心を奪われたかのように、一点を見つめているのです。私もつられてそちらを見ようとした時、兄に腕を掴まれ、見なくていい、と言われました。

 

あまりの剣幕に、私は「はい」と返事しました。

 

文字を見て考え込んでいた大学生に兄が何か耳打ちし、2人はそれぞれ行動を開始しました。

 

兄が私に単車の方まで走るからついて来い、と言い、もう1人の大学生が車のところまで走り始めました。空を見つめていた大学生は動きません。

 

兄に、あの人はどうするの?と聞くと、車を持ってきて、乗せる、と言うので、そうなんだ、と納得して単車の方へ走りました。

 

三人とも打ち合わせ通りそれぞれ乗り物のところまで来ました。

 

ヘルメットをかぶり、後ろに乗せてもらった後、空を見つめていた大学生の周りを影がたくさん蠢いている様子が見え、叫びそうになりましたが、兄から、静かに、と言われたので必死に声を抑えようとしました。

 

実際は叫んだと思うのですが、フルフェイスヘルメットのおかげでそんなに声がしなかったんだと思います。

 

運転席の窓があき、大学生が、あの文字思い出した、般若心経だ、と兄に言いました。私も、そうだ、法事の時に見たんだ、と思いました。壁一面に般若心経が描かれていたのです。

 

そのトンネル内で、いま、もう1人の大学生の周りを影が蠢いています。

 

私たちはいよいよ、あれは霊に違いない、と思いました。

 

不思議なことに、あれが般若心経だとわかった途端、なぜか読めるようになりました。頭の中に流れ込んでくる感じがしたのです。本能でしょうか、私は一心不乱にお経を唱えました。

 

あの影から大学生を救いたい、と思ったのです。すると、残りの2人も同じようにお経を唱えていました。

 

数分でしょうか。気づけば空を見つめていた大学生がこちらを向いていました。

 

そこで、大学生が、お前もその般若心経言え!言えば助かるぞ!と叫びました。

 

届いたのかどうかはっきりとはわかりませんでしたが、やがて影がうすくなり、トンネルの反対の入り口の方向へ吸い込まれたような感じがしました。

 

大学生がこちらへ走ってきて、私は訳もわからず泣いてしまいました。

 

大学生もやはり、頭の中に般若心経が流れ込んだ気がして、唱えたそうです。

 

翌日、アルバイト先のシフト表を見ると、4番目のところだけ少し黒ずんだところと、謎の文字が残っていたそうです。その文字を見て兄はゾッとしたそうです。

 

昨日のトンネルのあの般若心経の一文字だったからです。

 

店長に昨日の話をし、このシフト表のことを尋ねると、店長は声をひそめて、お店の怪現象のことを話してくれたそうです。

 

怪現象が続き頭を悩ませていた時に、お客さんの1人が山伏の知り合いがいるから頼んでみようか、と申し出てくれたそうです。

 

藁にもすがる思いでお願いをし、その山伏の方が来て、4という数字に悪霊が寄りやすい、ということで、テーブルの卓番号、椅子の数、いろいろなところの4を清め、なるべく使わないようにしたそうです。

 

そして、お店の前の道路から奥に続く道のトンネルが4メートルあるらしく、そこから流れてくるような話をされたそうです。

 

トンネルの奥には今では使われていない病院があるのですが、そこのものとの関係は分からず、むしろ、山そのものが霊験あらたかだそうで、山伏の人たちの修行の場として清められている、との話でした。

 

結果的に、清めた山に霊が入れずトンネルや、このお店に集まってしまうようでした。

 

そうして、山伏の方は、トンネル全体に般若心経をお清めの意味で書いたそうです。そこから、シフト表の4になぜか般若心経の一部がが浮かぶようになった、と店長が言ったそうです。

 

私たちが面白半分でトンネルに行ったから黒ずんでしまったのかもしれません。

 

トンネルとお店とこんな風に繋がることが不思議ですが、山伏信仰に所縁のある地方だからこその現象かもしれません。

 

著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter