俺が高校生のころ、夏休みで父親の実家がある田舎に行った。
俺としては、山ばかりの田舎に興味はなかったし、自宅で漫画読んだりゲームしたりして過ごしたかった。
でも「行かない」なんて選択肢は用意してもらえず、しかたなく俺は両親について行くことになった。
久しぶりに会う祖父母は俺らを歓迎してくれた。スイカとか冷えたジュースとか出してくれた。
セミの声がうるさくて、風鈴なんかじゃ涼めないくらい暑かった。
祖父母の家にきてしばらくした時、近所にある田舎唯一のスーパー(というか売店みたいなもの)に来た。
アイスでも買おうと思ったのだ。じいちゃんはアイスが10本は買えそうな金額を寄越してくれた。
アイスを選んで店を出たら、全身真っ黒でびしょ濡れの人がいた。
あまりに普通にいるから、一瞬そのままとおりすぎそうになった。でも道を歩いてる婆さんも、ベンチで話してるじいさんも、誰もこの黒い人を見ていなかった。
見ないふりをしているというより、気づいていないようだった。
「まだか、まだか」
「ここにいる、ここにいるぞ」
「見捨てるのか」
その黒い人は低い声でぶつぶつ呟いている。
やばい人なのかなと思って、俺は見ないふりをして祖父母の家に帰った。
その人の話をすると、じいちゃんは表情をこわばらせた。
「目を合わせたのか」と聞くので「合わせてない」と答えると、そうかと言って、父さんに「あした帰れ」と言っていた。
なんでそんなこと言うのかわからなかったけれど、自宅に帰れるのは嬉しかったのでその言葉にしたがった。
数年後、じいちゃんたちがすむ地域で地盤沈下があった。
なんでも昔つかっていた炭坑が崩れてしまったらしかった。
しかしこれが話題になったのは地盤沈下のせいではなく、その崩れた土の中からたくさんの人骨が出てきたからだった。
どういうことだろうと思って父さんに聞くと、「小さい頃聞いた噂」といって教えてくれた。
どうやらあの地域は昔炭坑の町だったらしい。地域の男はほとんど炭坑夫だったようだ。
ある日、炭坑内で火災が発生した。
出入り口付近にいた人はすぐに脱出したが、中にはまだ多くの男が残ったままだった。
地域の人は、これ以上火災が広がってはたまらない、と、中にまだ人がいるにも関わらず、大量に水を流し込んで消火した。
もちろん、中にいたはずの男たちは誰も戻ってこなかったらしい。
きっと見つかった人骨はその男たちのものだろうという噂だった。
もしかして、あの時見た黒い人は、その炭坑夫の魂だったのかもしれない。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)