怪文庫

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謎の穴

小学生の頃だった。

 

そこそこ田舎の為道路もまだまだ整備がなされておらず、土手道なども多かった。


帰り道、なんとなく見た脇道の草むらの中に直径10センチくらいの穴が空いていて、自分は興味津々で近づき、その中を覗き込んだ。

 

中は真っ暗。深さなども良く分からない。

 

『何かの巣かな?』と思い覗き込み続けていると、突如暗闇の中から赤い二つの目が見えた。


一瞬驚くも、きっと『モグラか何かだろう』と思いじっと見続けていた。

 

しばらくすると目は無くなっていた。

 

手を入れてみようか迷ったが、引っ掻かれたり噛まれたりしたら怖いし、と思いそのまま立ちあがり帰宅することにした。


家に着いて宿題やゲームなどをしているうちに夕飯の時間になった。


ふと帰りの穴の事を思い出し、母に話してみた。

 

母はいつも通りご飯を食べながらもきちんと聞いてくれた。

 

「この辺は蛇とかも多いし、そういった生き物の穴かもね。でも悪戯しちゃだめだよ。だって住んでるお家に何かされたら誰でも嫌でしょ?」

 

そう言われ、うん、と返しあの穴に手を突っ込んだりしなくてよかったと安堵した。


なんとなく明日も見てみようかなあと思い、その日は特に何事もなく過ごし、眠りに就いた。

 

次の日の学校帰り。

 

昨日の穴が気になり『この変だったはず…』と記憶を頼りに探してみる。


すると昨日と同じように小さな穴が空いていた。


なんとなく嬉しい気持ちになり早足で近づき、どきどきしながら中を覗いた。

 

しかしいくら待ってみても、昨日のような赤い目は現れなかった。

 

『留守なのかな』と少し残念に思い後にしようとした時、ぽつりと頬になにか当たった。上を見上げると空が薄暗くなっていた。


そういえば天気予報で夜は雨が降ると言っていたことを思い出し、急いで帰らなくちゃと立ちあがり、帰ろうとしてふと思い止まる。


ここは道路脇だし、酷い雨が降ったら穴の中に水が入ってしまうのではないか?


下手をしたら流されたりするかもしれない。


昨日の母の言葉を思い出す。自分は辺りをきょろきょろと見渡し、何かないか探した。残念ながら穴を雨から守れそうなものは何もない。


うーんと頭を悩まし、折り畳み傘を持っていたことを思い出し、広げて穴を覆うように立てかけた。


子供ながらに傘が飛んで行かないように、と効果があまりあるかは分からないが周りの石を集め、傘の重しにした。


これで余程強い風が来なければ飛んで行かないだろう。そう思い満足して『気を付けてね』と声をかけて早足で家へと向かった。

 

その夜天気予報通り雨が降った。風はそこまでではないが、そこそこの量の雨だった。


窓越しに空を見上げながら、『穴大丈夫かな、傘飛んで行ってないと良いけど』と少し心配になったが、この天気と夜の時間では外に出ることは許されない。


大丈夫であることを願いながらその日も眠りに就いた。

 

次の日の朝、いつもより早く登校し例の穴を確認しに行く。


少し位置はずれているものの傘は倒れたりしていなかった。


『よかった』と安堵して傘をどかして穴を確認する。

 

湿ってはいるものの塞がったり雨水が溜まったりはしていなかった。

 

「お家無事でよかったね!」と穴に声をかけて気持ちの良い気分で学校へと向かった。


その日は何かと忙しく、学校ではその穴の事はすっかり忘れていた。

 

帰路についた時にあ!と思いだしまた穴を見に行った。

 

「あれ?」

 

が、そこには穴は無かった。辺りをきょろきょろと見渡したがどこにもない。


場所を間違えただろうか、と思ったが付近を探してもやはりない。

 

不思議に思うと同時に少しだけ寂しさが湧きあがった。


しょんぼりした気持ちで家へと向かって歩く。

 

ーーーシン


と急に辺りが静まり返った気がした。その次の瞬間頭上から声がかかる。

 

「あなたが穴を守ってくれた子ですよね?」

 

顔をあげると逆光で良く分からなかったが、女の人…が立っていた。


いまいち分からなかったのは、女の人にも見えるし、男の人にも見えたからだ。

 

「は、はい」

 

喉をごくりと鳴らし、答えるとその人が笑ったような気がした。


そして頭をぽん、と撫でられた。

 

「優しいね。いつかきっと恩返ししてくれるよ」


「え…」

 

そう言ってその人は手を頭から離し、去って行ってしまった。


は、っと気がつくといつの間にか家のすぐ近くまで来ていた。

 

時間の感覚が狂ったように感じて、頭がふわふわとしていた。不思議と怖くはなかった。

 

時が経ち、大人になってその事をぼんやり程度にしか思い出せなくなっていた頃。


仕事が激務でストレスと疲労が溜まっていた。連日の疲れに鬱気味にすらなっていて。


やっと帰れる、と会社をでた頃には0時を過ぎており、おまけに雨まで降っていた。

 

残念なことに傘は持ってきていなかった。


仕方ない、近くのコンビニまで走って傘を買おう…。


そう決意して雨の中に飛び込んだものの、走る気力がない。

 

「疲れた…」

 

ぽつりと勝手に口から洩れていた。


それと同時に『もういいや』という気持ちが湧きあがり、そのまま地面にしゃがみ込んでしまった。


時間帯のおかげで人はほとんどいない。たまに通りかかる人もちら、とこちらを見るだけで特に話しかけては来なかった。

 

『このまま消えてしまいたい。』

 

そんなことさえ思い始め、体が傾きかけた時だった。

 

「大丈夫ですか?」

 

優しい声がした。そして肩を支えられ、見あげるが顔がよくわからない。

 

疲労のせいだろうか。

 

「大丈夫です…迷惑をおかけしてすみません…」


支えてくれていた手‪を外して歩こうとした時、何かを手渡された。

 

「これ。よかったら食べてください。疲れた時には甘い物が一番ですよ」

 

その人は小さな飴を渡し終わると軽く会釈をしてその場を去って行った。


なんだったんだろう。

 

いつもだったら知らない人からもらったものなど食べはしない。


けれど極限状態だったためか、躊躇いなく飴玉を包み紙から取り出して口へと放りこんだ。

 

甘くておいしかった。

 

その数日後のことだった。自分が進めていたプロジェクトが高く評価され、とても大きな仕事を任されるようになった。


そしてあれよあれよといううちに昇進し、気づけば最高経営責任者というポジションにまでなっていた。

 

まるで夢のような流れ。こんなことが現実にあるのだろうか?


そう思って空を見上げる。綺麗に腫れあがった青空が映る。

 

ふ、と脳内に声が浮かんだ。

 

『いつかきっと恩返ししてくれるよ』

 

「まさか」

 

確かにあの優しい声ははるか昔に聞いたものと似ていたように思う。


本当に恩返しをしてくれたのだろうか?だとしたら

 

「ありがとう…」

 

ただの偶然かもしれない。思い込みかもしれない。それでもいい。胸に温かい物がこみ上げて思わず涙ぐんだ。

 

飴の包み紙は今でも大事に取ってある。

 

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