この話をするには、まずは私の子供の頃の話からしなくてはいけません。
その日は親戚の家に家族で遊びに行った帰りでした。
夜遅くなり、街頭がぽつりぽつりとつくだけの田舎道を父の運転で帰宅していました。
父は運転手の仕事をしており、運転が上手いし、抜け道をよく知っている人でした。
そんな父の運転は心地が良く、母と私はうとうとと眠りながら少しガタついた田舎道のデコボコ感を感じていました。
「あれ?おかしいな?」
父の独り言でふと目が覚めました。
山の中なのか、聞こえてくるラジオの音にもジーっとノイズ音が混じっています。
母も目を覚ましたようで父に問いかけます。
「どうしたの?」
「いや、この道行くと、この山抜けれるはずなんだけどな…」
ナビの無い時代、頼れるのは自分の頭の中の地図と助手席のバックポケットに挟まった地図帳のみ。
父は街頭の下に車を止めて地図帳を開きます。
助手席に座っていた母もそれを覗き込んでいます。
「今ここなんだよ。で、こっちにいくだろ?そうするとここに出るハズなんだけど…」
「私が地図持ってるから行ってみましょうよ」
私はまだ眠くてぼんやりした頭で二人の会話を聞きながら外を見てみました。
街頭の下には小さな祠とその横にとても小さな鳥居。
かわいい鳥居だな〜とぼーっと見ているとガタガタと揺れながら車が動き出します。
少しすると全く街灯が無くなり、ただ暗い道が続いてきたので私はまたウトウトし始めました。
「え〜?」「あれ?」
父と母、二人の声でまた目が覚めます。
ふと外をみるとさっき見た祠と小さな鳥居。
その瞬間ゾワッとなにか不思議な感覚に襲われて一気に目が覚めました。
その後、もう一度きた道を帰ってみても結果は同じ。
行き着く先は同じ街頭と祠と鳥居の場所。
さすがに父と母もおかしいと思ったのか、道を引き返して違う経路で帰宅することができました。
本当に奇妙な体験でした。
成人して、一人暮らしをするようになって実家に帰ろうと思ったとき、ふとそのことを思い出しました。
『たしかこの辺だったはず…。あ、あった。』
事前に父から聞いていた私は、なぜかあの時の出来事が気になり日中に自分の車で付近を訪れました。
そして何年かぶりに見る小さな祠と鳥居。
かなり汚れているようでしたが姿を変えずそこにありました。
そして目の前には小高い森。
軽い登山ができそうな位の森でしたが、どんよりした曇天の今日は鬱蒼としげる木々たちで道の先は仄暗く不気味さが増して見えました。
見た目だけで怖くなって、引き返そうかとも思いましたが、意を決して私はゆっくりと森の中に入っていきました。
夜では無いので真っ暗では無いですが、それでもかなり暗くヘッドライトをつけて走ります。
ナビで道を確認しながら進んでいくと、対向車とのすれ違いの為に窪んでいる待避所をみつけました。
その横には川幅2メートルほどの小さめな川が地面から3メートルほど深くなった場所を流れています。
水は綺麗で澄んでいる様子。
ですがそこから上へと視線をずらして驚愕しました。
川向こうにチラリと見えたのはボロボロになった家の屋根。
(わ…)と思い、気になって待避所に車を止めます。
降りてみてみると、朽ちた木造住宅が川向こうに建っていました。
そしてその廃屋の家の向こう側は5mはあろうかという岩壁になっています。
そこで私は気がついてしまいました。
『この家へ行く、橋がない』
廃墟は残っているのに橋も橋がかかった形跡も全く無いのです。
「ちょっと!そこの人!」
びくっ!と私は肩を揺らしました。
廃墟に集中しすぎて全然気がつかなかったのですが、軽トラックに乗った地元の人らしき人が声をかけてきていました。
「その家、近づかない方がいいぞ。ほんとに出るから」
と、言い残しそのまま行ってしまいました。
私はあまりの恐怖ですぐさま車にのり、そのまま森の奥へとすすみました。
電波がわるいのか、またラジオがジー、ジーっとノイズを立てています。
『ごめんなさい、ごめんなさい!もう関わらないから、ここから出してください!!』
心の中でなぜがずっと唱えていました。
どれくらい走ったか分かりませんが森を抜け大通りまで来ていました。
ずっと一本道で一度も曲がらずに。
森の中で何度か同じ景色を見た気がするのですが…恐怖からの気のせいだろう、と今も思っています。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)