怪文庫

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アパートの鍵

私が大学生になり、一人暮らしを始めた時の話です。

 

新しい家は割と外観もキレイで、コンビニなどのアクセスも悪くないアパートの3階の部屋でした。

 

私の部屋は302号室で隣の303号室はどうやら空き家になっているようでしたが、逆隣の301号室にはちょうど私の親くらいの齢をしたおじさんが一人で過ごしていました。

 

新しい家に住み始めてから数日の間は特にトラブルなどもありませんでしたが、ちょうど一週間くらい経った頃からある日から異変、というよりも気になる光景を目にすることがありました。

 

その気になる光景を初めて見たのは大学の講義が終わり、エレベーターで自分の部屋の階に向かおうとした日のことでした。

 

と言うのも3階のエレベーターを降りてすぐの場所に、どこかの部屋と思わしきカギが落ちていたのです。

 

最初はもしかして自分の部屋の鍵かもしれないと思い確認しましたが、ちゃんと自分の部屋のカギはカバンの中に入っていました。

 

そうなるとこの階の住人の誰かが落としていった物かと思ったので、最初は拾おうとしましたが割と目に付く場所にあるので落とし主も気づくだろうと思い、そのままにしておきました。

 

翌日は講義が午前中からある日で、エレベーターで外に出ようとしました。

 

その時にふと昨日のカギのことが気になったのでその辺りを注視してみると、カギは見つかりませんでした。

 

きっと落とし主が見つけたのだろうと思い、カギのことは気に留めませんでした。

 

その日も講義が終わり、エレベーターで自分の階に降りると何故か再びエレベーター近くの場所にカギが落ちていました。

 

見てみるとそのカギは昨日落ちていたものと同じように見えます。

 

さすがに違和感もありましたが、偶然落とし主が2日連続でカギを落としたのかもしれないと思い、そのままにしておきました。

 

翌日も午前に同じようにエレベーターを見るとカギはありません。

 

とはいえさすがに昨日のこともあったので、カギのことを頭の片隅に入れつつその日は大学にいました。

 

この日はサークルの集まりもあり、家に帰ったのはもう午前0時を回っていました。

 

時間が時間だったので早く寝たいと思い、エレベーターで3階に行くと、またカギが落ちていました。

 

落ちていたのは昨日よりも少しだけエレベーターから離れており、私の部屋に近づいた場所でした。

 

これにはさすがに気味の悪さを感じ、私はカギから目を背けたまま急いで自分の部屋に戻りました。

 

またこの日以降は極力エレベーターを使わないことに決めました。

 

実際階段を使い始めた日以降はカギを見ることもなくなり、エレベーターの方は出来るだけ見ないようにすれば大丈夫と思うようになりました。

 

そんな日が一週間ほど続いたある日、私の部屋から空き部屋の303号室を跨いだ305号室に新しい人が入ってきました。

 

どうやらこの部屋も元は空き部屋だったようで、入居者は私よりも少し年上の男性です。

 

それからしばらくはカギのことも含めて特に何も起こらない日が続いていたある日、サークルの友人が私の部屋に遊びに来ることになりました。

 

友人が私に『部屋は何階?』と聞かれたので、『3階』と答えると、カギのことなど知る由もない友人がエレベーターのボタンを押してしまったのです。

 

私は思わず止めようとしましたが、あまりこのことを大事にしたくなかったので諦めてエレベーターに乗ることにしました。

 

この時の私はカギが落ちているだけなら別に怖いことでもないし、別に大丈夫だろうと思い久々に3階へ向かうエレベーターに乗り込みました。

 

少し緊張しながらエレベーターを出た私は思わず『そこ』を凝視してしまいました。

 

そこには例のカギ、とはまた違ったカギが落ちていたのです。

 

友人もそれに気づいたのですが、その後『カギ落ちてるじゃん』と言ってそのカギを拾い上げたのです。

 

「ダメ!」

 

何となくこのカギに対して言い知れない気味の悪さを感じていた私は、思わず声をあげてしまいました。

 

これには思わず友人も驚いた様子でこちらを黙って見てきます。

 

さすがにこれは良くないと思い、適当な理由を付けてカギは元あった場所にそのまま置いておくように言いました。

 

とりあえずカギの一件は忘れようと思い、私は友人と自分の部屋に入ろうとしたのですが、そこにあった光景がそうはさせてくれませんでした。

 

私の部屋、その隣の無人の303号室のちょうど目の前にカギが落ちていたのです。

 

これには私も恐怖を覚え、硬直してしまいました。

 

「大丈夫……? どうしたの?」

 

尋常ではない私の様子を見て友人が心配そうに私の方を見てそう聞いてきましたが、エレベーター前のカギの一件も含めて不要な心配を掛けさせたくないと思った私は『大丈夫』とだけ答えて、自分の部屋に入りました。

 

その日の夜中に友人と別れることになり、玄関まで見送ることにしました。

 

「あれ? まだカギ落ちてるじゃん。こんな時間なのに帰ってないの?ここの人」

 

ふと足元に目をやった友人がそう言いました。

 

ドキッとした私は『あんまり気にすることも無いよ』みたいなことを言って早く帰らせるようにしました。

 

ですが

 

「でもなんかここめっちゃ気になるんだよね……」

 

と、友人がいってそちらの方に目をやります。

 

「だから気にしなくていいって!」

 

そういって無理やり帰そうとしますが、それも聞き入れない友人が303号室のドアのカギを拾い上げました。

 

「開くのかな……」

 

私の言う事などまるで耳に入っていない様子でそう呟いた友人はカギを鍵穴に近づけます。

 

その時、私は303号室のドアに付随している郵便入れが僅かに上に動いたのが見えました。

 

ひとえに風のせいと言えばそうなのかもしれませんが……それと同時にほんの一瞬だけ不気味なほどに白い、人の手のようなものが見えました。

 

それを見た私は周りも憚らずに303号室の部屋の前から友人を引きはがしました。

 

ハッとした私は思わず友人に謝りましたが、友人は

 

「あれ?どうしてたんだっけ……」

 

と、呆けているような様子でした。

 

ふと303号室のドアの郵便入れを見ましたが、今度は閉まったままになっており、また友人の右手に握られていたはずのカギも無くなっていました。

 

これで一段落ついたのかな……と思った矢先、突然ドアが開く音がしました。

 

私と友人は思わず身を震わせましたが、ドアの音は反対の301号室からしたものでした。

 

「ああ……無事だったのか」

 

301号室から出てきたのは最初に言ったあのおじさんでした。

 

そう言ってこちらを見た彼は安心したような顔を浮かべていました。

 

「無事って……どういうことですか?」

 

思わず私はおじさんに尋ねました。

 

「……そこの部屋、開けてはいないね?」

 

「あ、はい。何か危なそうな感じがしたので」

 

先程の一件を思い出し私はそう答えました。それを聞いたおじさんは『よかった……』と一息つきました。

 

「あの、ここって何かあったんですか……あたしは何も覚えてないんですけど……」

 

友人がおじさんに恐る恐る尋ねると、おじさんは少し躊躇ったような素振りを見せて口を開きました。

 

「ここの303号室は数年前からずっと空き部屋になっててね、まぁ察しはつくと思うがここはいわゆる『事故物件』ってヤツなんだ」

 

「事故物件? そんなの一度も……」

 

実際そんな話は一度も聞いたことはありませんでした。

 

ここは特別家賃が安いなんてことは無いし、不動産屋に行った時もそんな説明は受けていません。

 

ここが事故物件であるというのを私はこの時初めて知ったのです。

 

「大分前の話だが、ここの部屋に強盗が入ったことがあってね。その時に運悪く居合わせてしまった住民の女性がその強盗に殺されてしまったんだ」

 

「じゃあさっき見たのは……」

 

郵便入れから垣間見えたモノを思い出し、思わず寒気がしました。

 

「素人の考えだが、きっとこの部屋にその怨霊とやらがいるんだろうな。勝手に部屋に入る人間を強盗に重ね合わせて……こちらからすると身勝手な話だよ」

 

「じゃあ落ちてるカギっていうのは……」

 

「恐らく寄せ餌だろう……タチの悪い部屋だ。だがここを事故物件だということを大家は隠していたんだ。その代わりにここの303号室だけはずっと『開かずの間』みたいになってたんだ。きっと評判が下がるのが嫌だったんだろうが……まぁもうその時の大家はこの世にはいないから真偽は確かめようもないが」

 

彼の話を最初私は黙って聞いていましたが、そのうちにあることが気になり始めました。

 

「じゃあ何で最初ここに来た時……教えてくれなかったんですか」

 

このことを最初から知っていればすぐに別のアパートを探していたかもしれませんし、何よりこんな危ないことに巻き込まれることも無かった、と思わずにはいられませんでした。

 

「……偶然とは思いたいが、これと似た経験する前にこの件を話した住民がいたんだけどね……今じゃ行方知らずだ」

 

さすがにこれには私も反論は出来ませんでした。

 

ですがその代わりに別のことが気になることがありました。

 

「でも今私にこのことを伝えるのは大丈夫なんですか……?」

 

「さぁ、どうだろうか……今まで何度か似たようなことを経験した人にこの件を伝えたことはあった。その間は何事もなかったが……」

 

そこから先は何も言いませんでした。

 

「……どうしてあなたはずっとここに住んでるんですか?」

 

友人が彼に尋ねる。

 

「……いっそここを離れた方が危険な気がしたんだ。私の場所でもしばしばここで妙なことは起こっている。だが303号室の住民の恨みはまだ晴れていないのだろう。現にこうやって巻き込まれている人もいるんだから。ここに私がいるだけでもほんの少しは呪いの肩代わりが出来るかもしれないからね。もう既に手遅れになってしまったこともあるが……」

 

そういって彼はやり切れないような顔で一瞬305号室をちらりと見る。

 

「また誰も使わないカギが増えてしまったな……とにかくこれでもう君たちが303号室に入ることも無いだろう。普通ならね」

 

そう言って彼は301号室に戻りました。

 

私はここ引っ越すことに決めました。引っ越すまでの間もずっと3階にはカギが落ちたままになっています。消えたと思われた303号室のカギ、そしてもう1つのカギも……

 

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