あれは私が仕事の都合で住んだ町での出来事です。
地方に転勤となった私は家を探していたのですが、ケチな私の勤め先は家賃補助が出ません。
そこで不動産屋に少し離れても良いから安いところをと言って紹介されたのが、A郡にある貸家でした。
独り暮らしなのでアパートで十分でしたが安くて広いのは大歓迎です。
外観も悪くはなく、あまりに安いから事故物件かと思いましたが、オーナーが海外に住む間の掃除番代わりに安く貸しているという説明を聞いて納得しました。
すぐに契約を済ませると、数日後には私は意気揚々とその家に入居したのでした。
ただ引っ越して1週間ほどで気がついたのですが、その町からは何か寒々しい気配が感じられます。
その原因を考えると2つの要因が思い出されました。
1つは常に人の視線を感じることと。もう1つは子どもにまったく会っていないということでした。
1つ目は田舎町で他所から来た人が珍しいのかと考えましたが、2つ目は気になるところです。
私が小学生はおろか学生も見かけす、考えて見ると40代くらいの人が一番若いです。
過疎化とはいえ、市街地まで車で簡単に出られる場所なのでベッドタウンとしては悪くないはずです。
気になった私はその町の学校を調べましたが不思議なことに検索しても出てきません。
私は本屋にその町の地図を買いに行ったついでに、店主にそのことを尋ねました。
すると店主は妙なことを言います。
「ここは増えてはいけない」
過疎化を嘆いている言葉かと思ってもう少し会話をしようとしましたが、店主は悲し気な目をするだけで会話にならず、私は諦めて本屋を出ました。
気になりだすと止まらない私は翌日有給を取り地図を頼りに学校がある場所に行ってみました。
しかし小学校も中学校も既に廃校になっているようで荒れ果てています。
その足で今度は話を聞こうと思い役所に向かいました。
ですが役所に入ると、一気に視線が私に集まります。
それは敵意でもなければ恐怖でもなく、何か憐みのようなものでした。
変な空気を気にしつつ担当さんに話を聞こうとすると、担当者は開口一番「体調は大丈夫ですか?」と尋ねてきました。
全然体調に不安などない私はそんなことよりも質問に答えてもらいたかったのですが、どうにも要領を得ないまま結局帰らされてしまいました。
いよいよ疑念が高まった私は翌日の会社でこの話をしました。
近くに住んでいる同僚であれば何かを知っているかと思ったのです。
ですが誰も事情は知らず、そんな町の名前すら認識していなかったと言います。
ですが、1人だけ震える目で私を見てくる女性社員がいました。
彼女は何かを知っている顔をしているので私が問い詰めると、彼女はこんなことを言い出したのです。
「あの町に加わった人は死ぬ」と。
どういうことかと問い詰めると、彼女も噂で聞いただけと言いますが、あの町はある時から移住してきた人が次々と亡くなっていったというのです。
それどころか子供も生まれて早々に謎の病気で死んでしまい人口がまったく増えないと言います。
そんな馬鹿な話はないとは思いつつ、町に人がいない理由としてはしっくりくるところがあります。
私は慌ててこのことを不動産屋は知っていたのか、私の家の家主はどうなのかを確認しました。
不動産屋は個人情報なので言えないと言いつつも私の剣幕に押されて話をしてくれました。
その話によると家主は若い夫婦で、子どもがもうすぐ生まれるということであの町で土地を買い、家を建てたそうです。
ですが、その子どもは産まれて数時間で死んでしまい、奥さんも産後の状態が悪く亡くなってしまったというではありませんか。
家主も家を建てる前に住人の反対に遭い、町にまつわる噂は耳にしていたのですが信じずに押し切ったことを後悔して、その町から離れたというのが真相だったようです。
怖くなった私はこの町にはもう住めないのですぐに引っ越し先を見つけて欲しいと不動産屋に言い、見つかり次第連絡をもらう約束をしました。
ところがその晩から私は突然の高熱に見舞われ、まったく身体が動かなくなってしまいました。
病院に行くにも身体が動かず、何故か携帯電話も電源が入らず外部から遮断された私はこの町の呪いとも言える力の前に排除されることを覚悟しました。
結局私は連絡が取れなくなったことを心配した不動産屋が救出に来てくれて事なきを得ました。
町を出て別の町の病院に運ばれた時にはすっかり体調も良くなっていて、念のため入院して検査も受けましたが、身体にはまったく異常は見当たりませんでした。
絶対にあの家には住めないと感じた私はすぐに不動産屋が見つけてくれた別の町の家を契約し、引っ越しの日までは家に戻らずホテルで暮らしました。
引っ越してからは怖くてもうその町には近づいていません。
その後どうなったのかもわかりませんし、知りたいとも思えないです。
あの町で暮らして命を失わなかった幸運には感謝してもしきれません。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)