学校でまだパソコンが導入されたばかりだったころの話です。
私がいた高校でもパソコンの授業がはじまりました。
そのころはIT革命といわれていて、どの業界でもパソコンの導入が急がれていた時期です。
私の学校では、真新しい部活動としてPC研究会が発足していました。
私の家はそのころの家庭としては珍しく、自宅にパソコンが一台ありました。
使い方についても、私は基本的なことは知っていたため漠然とコンピュータに興味をもつようになりました。
体験入部のときにも、私はまずPC研究会を訪ねました。
人数が少ないことが気になりましたけれども、それはまだできたばかりの部活だからだろう、と思っていました。
体験入部では、私のほかに、パソコン好きで意気投合した同級生と無口な女子生徒が一人いました。
結果として、三人とも入部しました。
しかし、実際に入部してみるとあまりやることがない部活であることがわかりました。
もっとはっきり言うならば、五人いる先輩たちのうち一人をのぞいては部活にたいする意欲ややる気がありませんでした。
一ヶ月に一度、顧問の先生から言い渡される文章作成や、タイピングゲームのほかにはやることがなかったため、活動時間の半分ほどは皆ネットサーフィンばかりしていました。
部長と副部長はいちおう部活動にかかわる話し合いなどもしていましたが、そのほかの部員たちはブラウザゲームなどをして時間をつぶしていました。
ただ一人、やる気のある先輩というのは小野という人です(小野というのは仮名です。本名は、それに似たような、平安時代を連想させる名字です)。
小野先輩はそのころ二年生でした。
男子メンバーばかりだった研究会のなかではもっとも細身の外見で、いつも髪は長めで金属の縁の眼鏡をかけていることが多かったことをおぼえています。
やる気があるといっても、小野先輩の場合は部活動じたいに興味があるというよりは、個人で作業をすることを優先している様子でした。
彼はプログラミングのほかにはあまり興味がないような感じでした。
部長や副部長にも部活の用事のほかには会話をしないか、ブラックジョークのような返事だけをして、小野先輩はプログラミングの本を読みながら黙々とPC作業をしていました。
プログラミングの本のほかにも、表紙に『黒魔術』とか『夜明け』などと書いてある分厚い本を持ち込んで目を通していました。
先輩がプログラ厶していたのはオカルトサイトでした。
いつも先輩が使っているパソコンには、暗い色の画面に魔術の記号が描かれた壁紙のホームページに『黒魔術の基礎知識』とか『未確認生物』『UFO情報』などといった黄緑色の項目が縦に並んでいます。
おそらくそれらの項目がべつのページにつながるリンクとなっているのだろう、と思いました。
項目の数はプログラミングの作業が進むにつれて増えました。
PC研究会に入部してから2ヶ月ほどたったころ、私はPC室のどこかから板をたたくような音が聴こえることに気づきました。
同級生の部員も手を止めて私の隣の席から「さっきから、ずっと音がうるさくないか。地震じゃないよな」と話しかけてきました。
その日は文章作成の期限が一週間後に迫っていたのですが、なんども、ピシッ、ピシッと音が聴こえるため気になって作業に身が入りません。
顧問の先生も怪しい音が気になっていた様子で「どこか、修理してもらったほうがいいかもね」と言いました。
顧問の先生はふたりいて、若い女性の山形先生と、ベテランの米満先生(いずれも仮名)がいました。
もしかすると経験の浅い山形先生を、米満先生がサポートする体制だったのかもしれません。
そのときに発言したのは山形先生でした。
つぎの日にPC室で作業をしはじめたときには音はより大きくなっていました。
ピシッ、ピシッという音に加えて、ドアを拳でたたくような、ドンドンという音も混ざるようになりました。
ふと私は小野先輩のほうに目を向けました。
先輩は顔をそらしましたが、不気味に笑った顔が見えたような気がしました。
離れた席で女子生徒が怯えていました。
彼女は席を立って、それから二度と部活動に来ることはありませんでした。
後日、その女子生徒がPC研究会を辞めてしまった、と聞かされました。
それでも私は、納期に間に合うようにするために音を聞かないふりをしながら作業を進めました。
その週はずっとPC室に入るたびに音が鳴っていました。
皆、小野先輩を疑いました。あのオカルトサイトの影響でほんとうに怪奇現象が起こるようになったのではないか、というわけです。
土日をはさんで月曜日にはもうほかの部員たちは「PC室には入らないほうがいい」「あの音は小野がつくっているオカルトサイトの呪いだよ」などと話し合っていました。
しかし、私はあれは怪奇現象などではない、と信じるようにつとめました。
音の正体はネズミの足音かもしれない、と思うようにしました。
顧問の先生からPC室の鍵を借りるために、私は職員室に行きました。山形先生がいたため山形先生に頼んで鍵を持ち出してもらいました。
私と山形先生でふたりでPC室に行きました。
その途端に音が鳴りはじめました。
ふたたび私は音に耐えながら、パソコンに向かってキーボードを入力しました。ドンドンという音が先週よりも小刻みに鳴っています。
一時間ほどたったころ、先生は「用事があるから」と言って、廊下に出ていってしまいました。PC室には私ひとりです。
作業を続けているうちに、だれかが立ったまま一台のパソコンの画面を見ていることに気づきました。
それはふだん小野先輩が使うパソコンです。
画面を見ている人物は、ヨーロッパの貴婦人のような恰好の背の高い人でした。
そのような服装をしている人が学校にいるだけでも異常なことですが、その女性にはもっと異常な特徴がありました。
頬のあたりの皮膚が一部ボロボロになってはがれ落ちているのです。
内側の骨が露出しているのが見えました。
貴婦人がこちらを見たとき、PC室の四方の壁がそれまでになかったほど強くガタガタと揺れるような音を鳴らしました。
地震のように音が響いているにもかかわらず、貴婦人はこちらに近づいてきます。
私はあわててPC室から逃げようと身構えました。
そのとき、山形先生が私の名前を呼びながら扉を開けました。
貴婦人が消えて、音が止みました。
山形先生はなにかが起きたことを察知して「大丈夫? もう、部活動は中止にしましょうか」と私に言いました。
私は、先生の勧めにしたがって鞄をもって帰ることにしました。
後日、PC室には神主さんを呼んでお祓いをしてもらいました。
それから、怪奇現象が起こることはなくなりました。
時は流れて、小野先輩は三年となって卒業しました。
しかし、そのあとで私はたまたま近所のゲームセンターで小野先輩に会ってしまいました。
先輩と話しているうちに、私はPC室の怪奇現象について先輩から直接聴きたくなりました。
先輩は「まさか、ほんとうにラップ現象が起こるとは思わなかったんだ。あんなことは、もう二度としねえよ」と弁解しました。
それから「でも、おれあのPC室にデータを置き忘れてきちゃったんだよなあ。まだホームページのもとになったデータがあるんだよ。万が一、それが見つかって、起動するやつがいたら、そのときはお祓いじゃあ済まないかもな」と言って、不気味な笑いを浮かべたのです。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)