私の住んでいる近畿地方のある小さな町の風習とそれにまつわる話です。
一般的に、田植えの前に「苗代田」と言って、稲の苗を15センチほど密集させて育てるのですが、私の住んでいる町ではその苗代田にその農家の人が育てたお花を泥に突き刺すようにしてお供えする風習があります。
苗代田と言うのは、プラスチックの枠に稲の苗をみっしりと植えていて、それを何枚かブロックのように水を入れた畑に置いてある程度まで育てるのですが、その畑に一つ、花束を作って泥に刺しているのです。
これは、近隣の田んぼでは行われいない風習で、その花が枯れるまで備えてあります。
色や種類、供え方に関してはあまり細かい決まりごとはないけれど、買ってきた花や貰った花を供えてはいけないそうで、必ず、その田んぼの農家さんが育てた花でないとダメらしいです。
ママ友の中には農家さんのお嫁さんもいるので、「もし、買ってきた花を供えたり、そもそも花をお供えしなかったら、どうなるん?」と聞いたことがありました。
すると農家のママ友は「昔から、お供えせんと米が枯れるとか米が獲れなくなるって、代々、言い伝えられてるねん。」と言っていました。
私をはじめ、農家ではない住民はただの言い伝えだと思っていたのですが、本当に米が獲れなくなったのを目の当たりにしたことがありました。
私の息子がまだ小学生だった時の事です。
今から20年近く前になるでしょうか、通学路の側にある苗代田の花を通学途中の小学生の男の子がいたずらで引っこ抜いてしまったことがありました。
ですが、その苗代田の持ち主もまだ若い農家さんだったため、特に咎めることもなく「苗代田の花なんて、ただの言い伝えだし、すぐに田植えすることになるから別に改めてお供えする必要はないだろう」と田植えまで花をお供えしませんでした。
そして、田植えが出来るまでに苗が育ち、その苗代田の苗が別の場所にある田んぼに植え替えられ、無事に田植えが済みました。
ところが、夏の中頃、稲が青々と育ったのにその田んぼに自動車が突っ込んできて、泥にはまり、悪いことにガソリンが田んぼの中に漏れ出てしまったのです。
当然、その田んぼの稲は全滅しました。
さらに別の田んぼも、秋になって稲が実り始めたら、その農家さんの田んぼの近くのおうちが火事になり、稲に放水車の水が掛かってしまって出荷出来なくなったそうです。
偶然かも知れませんが、その苗代田で育った稲を植えた田んぼだけが収穫できなかったのです。
やはり、古い風習には理由などわからなくても、絶対に守らなければならないのだな、と思いました。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)