私の父方の祖父母は北海道のK村という場所に住んでいました。
海の近くの非常に小さな村で、子どもの足でもほんの1時間足らずで一回りできてしまうような場所です。
両親が共働きだったため、幼い頃は夏休みなどの長期休みの度に祖父母に預けられていました。
狭い田舎町、友達もいなければ遊ぶ場所も無く、昼間は海辺をふらふらしたり、村の廃校にある申し訳程度の遊具で遊んだりして時間をつぶすのが常でした。
ほとんど車も通りませんし、危ない場所もなかったので自由に遊べたのですが、ひとつだけ祖父母から口を酸っぱくして言い聞かせられていたことがあります。
それが、「A神社を見てはいけない。前を通るときは目を閉じなさい」というものです。
村には、小さな神社がひとつあり、その神社を近くで直視してはいけないというのです。
理由を尋ねてみても、「子どもが神社を見ると、神様に目ん玉をとられてしまう」としか言われません。
例えるなら、「霊柩車がそばを通るときは親指を隠さないと親が連れていかれる」だとか、「神社の参道は神様の通り道だから真ん中を通ってはいけない」だとか、そんな独特の信仰に基づくルールだとは思うのですが、それにしても「神様に目をとられる」なんて物騒ですよね。
とはいえ、神社は村の端にありましたから、意識的に通ろうとしなければ近くに行くことはありません。
子供心になんとなく怖い場所というイメージだったので、自分から近づくことはありませんでした。
それでも、どうしても通らなければいけない時はしっかり目を閉じましたし、絶対にそちらを見ないように必死で顔をそっぽに向けて駆け抜けました。
祖父母も、車に私を乗せて出かけることがありましたが、神社の前を通るときは「そろそろ神社を通るから目を閉じなさい」と逐一注意する徹底ぶりでした。
それだけ徹底的に言いつけているので、K村出身の父親もさぞ苦労しただろうと思い、A神社についてきいてみたことがあります。
ところが、返事は意外なものでした。
「ああ、なんか聞いたことあるな。俺はなにも言われたことないけど、姉貴はよく怒られていた」というのです。
なぜ?と不思議に思い、祖母に訊くと、A神社を見てはいけないというのは、女児に限った話のようでした。
いったいどうしてA神社の神様は、女の子の目だけをとりたいのだろう。
高校に進学して祖父母の家に行かなくなるころまで、それはずっと私の中で大きな疑問でした。
成長するにつれて忙しくなり、A神社のこともすっかり忘れ、成人を迎えた年、祖父が亡くなり葬儀に出席するため久しぶりにK村を訪れました。
小さな田舎町は全く変わっていません。
A神社も変わらずそこに鎮座していました。
葬儀のドタバタも落ち着き、夜に祖母とふたりでゆっくり話していた時のこと。
祖母がふと、「○○(私)ももう成人かあ、じゃあ神社を見ても大丈夫だな」と言い出したのです。
たしかに、20歳はもう女児とは言えません。
「じゃあ、明日見に行ってみてもいい?」と思わず言ってしまったのは、幼い頃から怖いものとして目を背け続けてきたA神社に対する純粋な好奇心でした。
祖母はあまり良い顔はしませんでしたが、「まあ、もう大人だから大丈夫だ。すぐに戻っておいでな」と了承してくれました。
翌日、明るいうちにA神社に足を運びました。
初めてまじまじと見ましたが、何ら変哲の無い、普通の神社にしか見えません。
しかし、よくよく見ると神社に立札があり、そこに「めとり神社」と書かれているのを発見しました。
A神社とは正式名称ではなかったのです。
めとり、「目取り」。
なるほど、怖い名前です。
しかし、それ以上には何もなく、私は拍子抜けしてしまいました。
なぜ目をとるのか、なぜ女児だけが気をつけなければならないのかはわからないままでしたが、実際に見た神社は怖さも何もない場所だったのです。
子供の頃、律儀に神社を見ないようにしていたのが馬鹿らしいくらいでした。けれど、話はそこで終わりません。
私には怖いもの好きの友人がおり、ある時そのA神社について話してみたのです。
「でね、実際に見に行ったら、なにもなかったんだよ」と、最後まで私の話を聞いた友人は、「面白い話だね」と言いつつ、なにやらスマホで調べ始めました。
それから、こんなことを言い出したのです。
「その神社って、めとり神社って名前だったんだよね。それって、『目取り』の漢字が後付けなんじゃない?本当の字は、『娶り』。妻として迎え入れるって意味なんだけど……その神社の神様と目が合っちゃうと、嫁入り前の女の子が娶られてしまう。つまり、神様に連れていかれて、亡くなっちゃう、とか」
友人は、そういう話には詳しくないから想像だけどね、と付け加えましたが、確かにその考えが合っていたら、嫁入り前(成人前の女児)だけが気をつけろと言われた意味もわかりますし、話に整合性があります。
昨年、祖母が亡くなり、K村に行く理由が亡くなった身としては、もうそれが正しいのかどうかを確認する術はありません。
小さな村だけに、文献などもありませんでしたから。けれど、今でもA神社……めとり神社の神様は、じっと神社の外を見て、目が合う女の子を待っているのかなと想像してしまいます。
やがて言い伝えが途切れて、なにも知らない女の子が神社を見てしまった時、その子はどうなるのでしょうか。
それとも、もう神社はとっくに取り壊されてしまっているでしょうか。
もし勇気がある人は確かめに行ってみてください。
もし女の子を連れて行くのなら、神社を絶対に直視しないように気を付けてくださいね。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)