怪文庫

怪文庫では都市伝説やオカルトをテーマにした様々な「体験談」を掲載致しております。聞いたことがない都市伝説、実話怪談、ヒトコワ話など、様々な怪談奇談を毎週更新致しております。すぐに読める短編、読みやすい長編が多数ございますのでお気軽にご覧ください。

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彼女が見たもの

高校卒業後、東京で一緒に住む約束をしていた彼女が、僕と住むために選んだ物件。

 

木造2階建てのアパートの2階部分。


家賃は3万9千円。


玄関の電器は豆電球で、電球のソケットにスイッチがあるタイプ。


帰ってきて真っ暗な玄関を明るくするには骨が折れた。


部屋は2K。


奥の部屋に行くには手前側の部屋を通らないといけない。


実家と同じタイプの間取り。


僕はプライバシーが守られないそのタイプの間取りが好きではなかった。


でも、東京になかなか出れない僕に変わって元から都内にいた彼女が選んだ家なので、文句を言うことができがなかった。

 

二人で住んで一ヶ月経った頃、その彼女がとんでもない奴だと気づいた。


二個上だった彼女だが、まったく働かず、一週間に一回は実家に帰り、食費も一切出さず、家でゲームばかりしていた。


僕はだんだんとその彼女に愛情というものを持てなくなってきていた。


彼女と住んで一ヶ月後、僕の中でその子は『厄介な同居人』に成り下がっていた。


そんな彼女に僕は不満を募らせていった。


不満が増長するとともに、部屋の中でも不穏な出来事が起こり始める。


茶色いゴキブリが湧きだし、二人で過ごしているのに、誰かに見られているような異様な感覚。

 

住宅内に異様な感覚が満ちてきた頃、『厄介な同居人』がいきなり蒸発した。


僕は慌てたし、何故出てったのかわからなかったので、彼女の連絡先に電話を掛けた。


何度コールが鳴っても彼女は電話に出ない。


僕はしつこく電話を鳴らし続けた。

 

 

出てきたのは彼女の父親だった。


僕は彼女を出すように言ったが、何回頼んでも出してもらえない。それでもしつこく頼んでいると、やっと彼女が電話に出た。

 

「なんでいきなり家出たりしたの!どうゆうこと!?」

 

僕が思いのたけをぶつけると、彼女は発狂した。

 

「あの家にいたくないの!あんた怖い、怖いのよ!」

 

そして、「お願いだから別れてほしい…」そう言って彼女は電話を切った。


僕の憤りは最高に達して、目からは怒りの涙がこぼれた。


こちらからすれば彼女の方が怖い。


家を勝手に決めて、好き放題過ごして、勝手に蒸発したのだから。

 

その日の夜は暑苦しくて、僕は窓を開けたまま早めに横になったが、発汗と感情の高ぶりのせいでなかなか眠れなかった。


開け放たれた窓から、涼しい風が入ってくる。


ふと、僕の部屋の畳がキシッと鳴った。

 

何かいる…


玄関から部屋に続くすりガラスの引き戸は閉まっているのに、部屋にいきなり現れた気配。


その気配はだんだん僕のベッドに迫ってくるようだった。

 

ふと、自分の両足が浮いていく。


自分で持ち上げているのではない。


明らかに誰かに足を持たれて上げられている。


同居人は既に家にいないので、僕以外家にいるはずがないのに。


誰かの手の感触は伝わってくるのに熱は一切伝わってこない。


手から逃れようと心では思っているのに、身体は一切動かず、目も開かない。


この瞬間、自分が金縛りにかかっているのだと頭が理解した時、初めて恐怖が襲ってきた。


僕の恐怖はお構いなしに高く高く上げられていく足。


僕の太腿がベッドの敷布から離れた瞬間、手は離されて僕の足がバタンとベッドの上に落ちた。


気配の主は味をしめたのか、また僕の足を掴んで持ち上げてくる。


さっきと同じく高く高く持ち上げられていく足。


太腿が敷布から離れても今度は離してもらえない。


もしかして吊り上げられてしまうのかという恐怖が頭を支配する。


足を高く高く持ち上げられて、腰がベッドから離れた瞬間、足から手が離されて下半身がバタンとベッドの上に落ちた。


二回連続で僕の足をもてあそんでいた気配が一瞬消える。

 

いや、一瞬で移動した。

 

気配の主は仰向けで寝ている僕を、ベッドの柵の外側からジッと見ているようだった。


規則的なゆっくりとした息遣いが右耳に当たるのを感じる。


金縛りが解けないので動けないし、目を開けることもできない。


なんで、ジッと見られているのか問いかけることも勿論できない。


誰に見られているかもわからない中、僕は気配の主が消えるまで、ただただ恐怖することしかできなかった。

 

右耳に当たる息遣いを感じなくなって、僕は目を開ける。


さっきまで開かなかったのが噓のように、僕の目はあっさりと開いた。


さっきまで動かなかった身体に疲労を感じつつ、僕はゆっくりと上半身を起こして、自室を見渡す。


玄関と部屋を仕切る引き戸も、部屋と部屋を仕切る襖も、押入れの襖もぜんぶ閉まっている、ベッドに隣接された窓だけが開け放たれた空間。


一瞬で人がされるような入り口は閉まっていて、勿論、一瞬で人が隠れるような空間もない。

 

確かに感じた手の感触と息遣いは誰のモノだったのか、いまだにわからない。


僕の膨れ上がった憤りが造り出した幻か、同居人が僕に向けて放った想いか、はたまた物件に元から住んでた人ならざるものなのか。

 

彼女が言っていた「怖い…」とは一体何のことだったのかはわかわない。

 

単純に僕が怖かったのか、それとも霊的なモノなのか…すでに連絡先すら消してしまった今ではわからない。

 

その後、やはり虫の発生が止まらず、一ヶ月も経たないうちに僕はそこを引っ越した。

 

著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter