私は中学生のころ、地元で流れていた奇妙な都市伝説に巻き込まれることになった。
その話を最初に聞いたのは、放課後に友達の一人からだった。
公園の近くにある古びた公衆電話についてだった。
誰もが「あの場所は夜に行くな」と口を揃えて言っていた。
その公衆電話は、昼間は普通の公衆電話なのだが、夜になるとまるで異なる場所に変わってしまうのだという。
その電話があるのは、駅から少し離れた小さな公園の入り口だ。
昼間は通り過ぎる人たちにとってもあまり気にされることのない、ただの公衆電話だ。
しかし、夜になると、何かが違う。
街灯の薄明かりの中に佇むその電話ボックスは、どこか異様な雰囲気を放っているらしい。
誰かがそれを使おうと近づけば、突然電話が鳴り出し、受話器を取った瞬間に何も聞こえなくなるというのだ。
だが、そこで恐ろしいことが起きるという。受話器を元に戻すと、電話ボックスから出られなくなるというのだ。
「それって、どういうこと?」私はすぐに問いかけたが、友達の表情は真剣だった。
「実際にやってみた奴が言ってたんだ。12時になるとその電話ボックスの中から変な声が聞こえてきて、振り向くとそこには何もない。でも、受話器を取ると何かが近づいてくるんだ。最初はただの『助けて』って声だけだったけど、次第にその声は変わっていったんだ」
その話を聞いた時、私はどこかで「そんなことあるわけない」と思っていた。
しかし、ある夜、興味本位でその公衆電話を見に行こうと思った。
友達の一人が、その公衆電話が本当に怖いのか確かめようと誘ってきたからだ。
その日、私たちは放課後の授業を終えた後、こっそりと夜の公園へ向かった。
夜の公園は暗く、街灯の光もわずかにしか届いていない。
私たちはひとしきり話しながら歩いていると、その公衆電話が見えてきた。
電話ボックスは、どこか古ぼけていて、周りの空気も重く感じられた。
私は無意識にその電話ボックスに近づいて行ったが、なぜか足がすくんだ。
その時、友達が時計を確認して言った。
「12時だ」
その瞬間、私の胸の中で何かが重くなり、体の中から冷たいものが広がるのを感じた。
まさか、と思った。
時計の針が12時を指した瞬間、電話ボックスの中で突然、電話が鳴り出したのだ。
私たちは驚き、少し立ち止まったが、誰も電話をかけたわけではないのに、その音が響いていた。
「誰かが電話をかけたんだろうか?」
と友達が言ったが、私にはその音がどこか異様に感じられた。
恐る恐る電話ボックスに近づくと、電話が鳴り止んだ。周囲には静寂が広がり、私の耳には何か低い音が聞こえてきた。
私は思わず受話器を取った。途端に耳元で、低い声で「助けて」と囁く音が響いた。
私は動けなくなり、その声が何度も繰り返されるのを聞きながら、体の中に冷たい汗が流れるのを感じた。
しかし、どうしてもその声から逃げられない。その声は、私に何かを求めているようで、息苦しいほどだった。
「おい、何かおかしいぞ!」
友達が慌てて私に声をかけたが、私はその声に引き寄せられるように受話器を握りしめていた。
その瞬間、受話器を取った手が震え、私は急に恐怖を感じ始めた。
「もう、戻さなければ…」と強く思い、受話器を手にしたまま、ボックスの扉を開けようとした。
しかし、扉がびくともせず、まるで私の力では開かないかのように閉じていた。
外から友達が必死に叫んでいる声が聞こえたが、私はそれを無視して電話を置こうとした。
だが、受話器を手放すことができない。
しばらくの間、ボックスの中に閉じ込められたまま、その異様な声だけが響き渡った。
どれくらいの時間が経ったのか分からないが、ようやく扉が開いた。
友達が私を引っ張り出し、私はようやく外に出ることができた。
その時、背後から小さな紙切れがひらりと落ちてきた。
私はそれを拾い上げたが、紙にはただ一言、「代わりにお前が来るのか」と書かれていた。
その後、私はその公衆電話の近くには絶対に近づかなくなった。
だが、不気味なことに、それ以来、毎晩12時になると、家の電話が鳴るようになった。
受話器を取ると何も聞こえない。
ただ、どこからともなく冷たい視線を感じるようになったのだ。
そして、次第にその視線は夜だけでなく、昼間にも感じるようになった。
人混みの中でも、どこからともなく私を見つめる目があるような気がしてならない。
そのたびに、私はあの電話ボックスを思い出し、深い恐怖を感じるのだ。
私が公衆電話の事件から何ヶ月も経った後も、夜になると必ず電話が鳴るようになった。
ただそれは決して家の電話の呼び出し音ではなく、どこからともなく響いてくる音だ。
最初は気のせいかと思っていたが、日が経つにつれて、無視できないほどその音に悩まされるようになった。
電話の音が、私が寝ているときに突然鳴り響くのだ。
ある晩、私は耐えきれずに電話を受けることに決めた。
受話器を取ると、いつものように無音の静寂が広がった。
だがその時、耳元で再び低い声がささやくのが聞こえた。
「代わりにお前が来るのか」
その声は、あの日の公衆電話の中から聞こえてきたものと同じだった。
私は慌てて受話器を戻そうとしたが、その手が震え、なかなか放せなかった。
その瞬間、受話器の向こうから奇妙な音が聞こえ始めた。
それは、まるで人の足音が近づいてくるような音だった。
だんだんと足音が大きくなり、部屋の中が異様に冷たくなってきた。
突然、部屋の電気がチカチカと点滅し始め、冷たい風が部屋に吹き込んできた。
私は体が動かなくなり、その足音がだんだんと私の背後に迫ってくるのを感じた。
振り向く勇気はなかった。恐怖で体が動かず、ただその音を聞き続けていた。
その後、気がつけば電気が元に戻り、部屋は静寂に包まれていた。
しかし、私はその後しばらく、あの足音が何だったのか分からなかった。
次第に私は、あの公衆電話がもたらす不安と恐怖から逃れられなくなっていた。
ある日、思い切ってあの公衆電話の場所に行ってみることにした。
もう一度、あの不気味な公衆電話に向かって、受話器を取ったとき、何かがわかるかもしれないと思ったからだ。
しかし、そこで私は自分の足元が震えだし、再び電話の音が響いてきた。
公園に近づくと、風が強く吹き抜け、その風に押されるようにして私は足を止めた。
電話ボックスが見えた瞬間、心臓が一瞬、止まったように感じた。
電話ボックスの中からは何も見えなかったが、確かに、そこには不気味な気配が漂っていた。
「もう一度受話器を取るのか?」と心の中で自問しながら、私は電話ボックスの中に足を踏み入れた。
心の準備ができていないまま、私は受話器を取った。
途端に、冷たい風がボックスの中に吹き込み、電話が鳴り始めた。
その瞬間、私は何も考えられなくなった。
ただ一つだけ分かったのは、あの電話ボックスは決して、ただの電話ボックスではないということだった。
それは、私を試すかのように何度も鳴り響き、私がその中に入るたびに、未知の恐怖を呼び覚ますのだ。
しばらくして、私はボックスの中にいた自分を冷静に見つめることができた。
受話器を手に取ってから、何もかもが変わってしまった気がした。
その後、私はその公衆電話に近づくことは二度となかった。
だが、いまだにその電話の音が、耳元で響くことがある。
電話が鳴り終わると、いつも耳元で囁かれる「代わりにお前が来るのか」という声が。
私は今でもその言葉が何を意味していたのか、理解できていない。
ただ、ひとつだけ確かなことは、その公衆電話には、私たちが知らない世界があるということだ。
その世界には、誰かが待っていて、代わりに「お前」が来ることを求めている。
それを理解し、体験した者は、もう一度その電話にかけられることを避けることができないのだろう。
そして私は、あの電話ボックスがどこかで静かに待っていることを、いまだに感じている。
それが何を求めているのかは分からない。
しかし、もし今後、再びその電話が鳴るようなことがあれば、私は二度と受話器を取らないと誓っている。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)