怪文庫

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先祖様の城山

これは私が実際に体験した話です。

 

あれは私が中高生くらいだったはずなので、もう10年以上前になりますか。


当時は祖父母が健在で、長期休みの折には親の帰省がてら泊まりに行ったりしていました。

 

その家の裏には、祖父のご先祖様が使っていたとされる山城の城跡がありました。


戦国時代の大名が使ったとされる山城で、ご先祖様は戦国武将として名を上げないまでも一国一城を築いたのだそう。だが残念ながら某有名武将の前にあっけなく敗れて、軍門に下ったのだとか……


祖父母や地域の人たちは城山と呼んでおり、かつては祖父や地域の方たちは薪を拾いに登ったり遊び場にしたりと、周辺になじんだ山の一つでした。

 

標高300m程度の小さな山ながら登山道もあり、歩くのが趣味だった祖父に連れらてて、私自身も良く登っては景色を楽しんだり、時には初日の出を拝みに登ったりと遊び場感覚の裏山でした。

 

 

前述のとおり戦いのあった場所ではありますが、血なまぐさい逸話もありませんし、ご先祖様はきちんと祠を建ててお祀りしていました。


なので、あんなことが起こるなんて思いもよりませんでした……

 

ある夏の日のことでした。


私は祖父に連れられてその城山に登っていました。

 

何のことはありません、散歩感覚です。夕飯前にちょっと歩きに行こうか~と気軽に裏山に登って降りる、ただそれだけ。


祖父は歩く逃す趣味だったので、軽い登山程度は散歩同然でした。

 

私も当時は若かったので、祖父の後ろについてひょいひょいと登っていきました。


先ほども軽く書きましたが、山の中腹付近は軽く広場を作るように切り開いてあって、そこでは小屋を建ててご先祖様の霊を祀っていました。


近所の建設会社の人が立てただけあって立派なもので、中に靴を脱いで上がってお参りできるように出来ていました。

 

鳥居や狛犬のようなものがないだけで、ほぼほぼ神社のような感じでした。


登ったらそこでご先祖様に手を合わせて軽く休憩、そのあとまた降りて家に帰るというのがよくある散歩のルーチンでした。

 

その日はやけにヒグラシがたくさん鳴いていたのが印象的でした。常にどこかの木からカナカナカナカナと鳴き声が聞こえていて、いっそ騒がしいまでの大合唱。


何となく煩わしさを感じましたが、ヒグラシが鳴くくらいは夏の夕暮れ時にはよくある話なので気にも留めずサクサク登って、祠でお参り、祠の前の広場から見える景色を見ながら祖父のいろんな経験を聞いて休憩。

 

日が傾いたころに下山しました。


木々の間から赤い夕陽がチラつく中、祖父のペースに合わせてゆっくり降ります。

 

日が暮れるにしたがって、ヒグラシの声は一層声高に山の森の中に響いていました。

 

カナカナカナカナ


カナカナカナカナカナカナカナカナ

 

後にも先にも聞いたことのない大合唱でした。

 

祖父の足音はおろか、自分の足音さえ聞こえなくなるんじゃないかというほどのすさまじい鳴き声の合唱に、私は不気味さを覚えて思わず立ち止まってしまいました。


周囲を見回しても、ヒグラシの姿は木々の中に隠れているので見えません。

 

しかし、なにかうすら寒い気配を感じたように感じて思わず立ち止まってしまったのです。

 

その時、ふっ……と。

 

不意にヒグラシの声が一斉にぴたりとやみました。


やかましいまでの大合唱が一転、耳が痛くなりそうなくらいの静寂が辺りを包みました。

 

聞こえるのは自分の息遣いと風に揺れる木々のざわめきだけ。

 

背筋に悪寒が走りました。夕暮れ時とはいえ夏の日中は暑いはずなのに、確かに寒気を感じました。


そして、先ほどまで前を歩いていた祖父の姿がありませんでした。


何なら周囲の景色が色あせて灰色に見えていました。

 

赤い夕陽に照らされていた木々が、セピア色のような色彩のない色に……何が起こったのか全く理解できませんでした。


緊張で呼吸が浅くなるのを感じながら周囲を見回しましたが、誰もいません。

 

ヒグラシの声も聞こえません。私の脳裏には遭難の二文字がチラつきましたが、明らかに様子がおかしい。ただごとじゃあない……


そのまま一分経ったか、五分経ったか、十分経ったか。もうどうしていいかわからなくて、駆け出してしまおうかと思ったその時、

 

「おーい」

 

静寂を破って、祖父の声が聞こえました。


その瞬間、カナカナカナカナ……と、再びヒグラシの声が聞こえてきました。一匹、二匹と声が増えていき、また大合唱が始まりました。


木立の影に祖父の姿もありました。気づけば景色も元の色を取り戻し、夕日が木々の間から差し込み眩しく感じるほどになっていました。


私はあわてて祖父のもとへ駆け寄りました。祖父曰く、気付いたら後ろにいなかったから探しに戻ってきてくれたそうです。

 

と言っても登山道の階段を十段も戻っていないとのこと……そうそう姿を見失うような距離ではありませんでした。


祖父は神も仏も信じないタイプの人間だったので、説明しても聞いてはくれないだろうなと思い、その時は適当にごまかして帰りました。

 

その後、なにがあったわけでもなく平穏な日常を過ごしていましたが、ある時友人たちで怖い話の話題が上がったので思い出したようにこの話をしてみました。


すると、霊感がある友人が「それはきっと神隠しだね」といいました。


奇しくも時間は逢魔が時、山の神様に化かされたんだよ、と。


残念ながらこの話に続きはありません。ただただ、そういうことがあったというだけです。


でも、この経験は少々トラウマで、度々怖い話として語ってはいますが、今でも思い出しただけで背筋が凍ります。


あの時、どこかに駆け出していたらどこへ行ってしまっていたのか……考えるだけでも恐ろしいです。


皆さんも、特に逸話のない山の中であっても気を付けてください。山の神様と言うのは気紛れなようなので。

 

著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter