怪文庫

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深夜の豪雨

よう子は、地方の大学の3年生。親の仕送りだけでは足りず、アルバイトを続ける日々。

 

就活のプレッシャーを感じつつも、今日もアルバイト。

 

先月から新たに加えたのが家庭教師。交通の便の悪い地方なのでバイト先の家へは車で通っている。

 

アルバイトに通うため、1年生のときにお金をためて手に入れた中古の軽自動車だ。

 

夜の時間帯でも安心してアルバイトに通える。

 

雨などの天候にも悩まされず外出できるので、無理をしてでもバイクではなく車にしてよかったと思っていた。

 

他県からきて一人暮らしでアルバイトをしながら大学に通うよう子のため、家庭教師の日はその家で夕飯をふるまってくれる。これは、正直助かる条件だった。

 

勉強を教えるのは高校受験を控えた中学三年生の女の子。

 

明るく素直な子なので、教えるのは楽しい。女の子のお母さんも、穏やかで優しい人だ。そして家庭料理が美味しい。

 

女の子には3つ年上の兄がいるが、この子は成績優秀らしく、塾にも通わず自力で受験勉強に励んでいるようだ。


この家での夕飯の時間は、よう子にとっては、とても楽しいものだった。

 

いわゆる毒親の家庭で育ったよう子にとって、この家庭のあたたかくくつろげる雰囲気が、とてもうらやましいほどだった。

 

親から離れたくて他県の大学へ進学して以来、家にはろくに帰らず、アルバイトをしていたのだ。

 

 

その日も、いつもと変わらず家庭教師のアルバイトに向かった。

 

2時間ほど勉強を教え、その後はその子の家族と一緒に夕飯を食べる。

 

楽しい雰囲気で、ついつい時間を忘れておかあさんと話し込むようなこともしばしばあった。

 

その日も、気付いたら夜の10時を少しまわってしまっていた。

 

翌日は朝から講義のある日だ。

 

急いで帰らねば。レポートも残っているし。

 

外に出ると雨が降っていた。

 

よう子の住むアパートまでは、20分くらい運転することになる。

 

夜の遅い時間帯なので、もう道路は混んでいないので、20分で帰れる。

 

普段は35分くらいかかる。ところが、雨でも余裕だろうと思ってちょっと甘くみていたかもしれない。

 

途中、コンビニに寄ってお菓子と飲み物を買った。

 

明日提出するレポートの残りを仕上げるために少し奮発したのだった。

 

家庭教師のアルバイトの帰りによく寄る店なのだが、今日の店員さんは初めて見る人だ。


あの人、ちょっと気味の悪い人だったな。

 

こういう仕事に向いてないのでは?それに、どうしてかな?いつもより店内の照明が暗いなと思った。

 

それでも、気にせず店を出た。


買い物にはそんなに時間をかけたつもりはなかった。

 

ところが外はバケツをひっくり返したような激しい雨になっていた。

 

慌てて車に乗り込み、濡れた髪と服を拭いた。

 

車を走らせるのだが、前が見えない。困ったな。ゆっくり走らなければ危ない。まっすぐ帰ればよかっただろうか。

 

店を出てすぐに、脇からトラックが右折してきた。

 

そのトラックは直進するよう子の前を走っている。


よかった。ここからは1本道だし、このトラックの後ろをついていけば安全だ。

 

だって、私のアパートの近くにある会社のトラックだから。

 

なんという偶然。ラッキーだったなあ。


ホッと胸をなでおろし運転を続けるよう子だった。


大雨はなかなか弱まらない。ちょっと下り坂になるといつも町の夜景が見える。

 

なんだかいつもの夜景と違うような気がするけれど...。

 

雨のせいかな?とも思い、トラックの後を必死でついて行く。


車のメーターや時計を見る余裕などない。とにかく目の前のトラックだけしか見えないような激しい雨だから、緊張しながら運転をしていたのだ。

 

…それにしても、おかしい。


いつまでたってもアパートの建物の前に到着しない。

 

アパートのあたりは、街燈もあって、明るくなっている。

 

すぐ隣にあるスーパーは24時間営業なので、駐車場には車が常に出入りしているし、店のあかりで明るいのだ。

 

間違いようがないくらいにわかりやすい場所。


そろそろ到着するくらいの時間なんだけどなあ。


信号でトラックが止まった。え?信号?何かおかしいなあ。

 

信号と街燈のかすかな灯りを頼りに辺りを見回してみた。

 

どういうこと?ここ、まるで違う道だ。

 

だって、こんな信号はないはずだし、何よりいつものこの道は、あのコンビニからアパートまでは間違いないようがない。

 

なぜかわからないがよう子は、このトラックの後をついていってはいけないと、思った。


その信号を曲がり、とにかく走った。いつのまにか雨は小雨になっていた。

 

今度は見える。ここはどこだ?

 

中古で安く購入したよう子の車に、ナビなどついていない。

 

自分のカンだけを頼りに車を走らせた。

 

無我夢中でどのくらい運転したのか、ようやくいつもの見慣れた明るい場所に出た。

 

ああ、よかった。ようやく帰ってこられた。

 

アパートの前にある駐車場の、自分用のスペースに車をとめ、時間を確認したら、もう24時30分だった。こんなに運転していたの?

 

なんとかレポートを仕上げ、寝不足のまま大学へ行った。

 

よう子の姿を見た友人が、慌てた様子で駆け寄ってきた。


「ねえ、よう子は大丈夫だった?まきこまれなかったんだね?」


なんのことなのかまるでわからず驚くよう子に、友人が説明した。

 

「夕べ、交通事故があったんだって。場所をきいたらよう子が家庭教師をしている家の近くだったから、まきこまれて亡くなった女性がもしかしたらよう子かもしれないと思って心配したんだから。でも、よかった~。よう子でなくてよかった~。」

 

後から新聞を読んで事故について知った。

 

家庭教師をしている家から出て、よう子が帰るのとは反対方向の山道のカーブで、トラックがカーブを曲がり切れず、対向車にぶつかったまま一緒に崖から落ちたということだ。

 

酷い豪雨で発見が遅れ、トラックも対向車も運転手が死亡していた。

 

よう子は、事故を起こしたトラックと同じ車輛の写真を見て、鳥肌がたった。豪雨のとき前を走っていたあのトラックと同じだったから。

 

 

翌日、再びあのコンビニに行ってみた。顔見知りの店員さんがいたので、話しかけてみた。


トラックの事故があったあたりは、当時酷い豪雨で相当見通しが悪かったらしい。

 

ところが、この店のあたりはそれほどでもなかったというではないか。

 

どういうことだろう?


更に話を進めていって驚いた。


あの日あの時間帯に、店番をしていたのは今目の前でしゃべっているその店員さんだったというではないか。

 

しかも最近新しいスタッフははいっていないという。

 

その日、よう子の顔も見てないというではないか。

 

家庭教師のアルバイトからの帰り、よう子はコンビニの駐車場から道路に出る際、左にハンドルを切って南に進む。

 

あの日もいつも通り左にハンドルを切った。

 

事故があったのは北側。明るい時間に思い切ってそちらに進んでみた。

 

事故現場近くにさしかかる直前に出てきた交差点を見て、ふたたびよう子は鳥肌が立った。

 

あの日、おかしいと気づいてトラックから離れるため曲がった交差点だ。

 

あの日トラックが進んでいった方向へ進むと、事故現場だった。

 

壊れたままのガードレールがなまなましい。

 

あの夜、そのままトラックの後をついていったら私はどうなっていたのだろう。

 

社会人となった今も、激しい雨が降ると、その日のことを思い出す。

 

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