怪文庫

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赤い階段の噂

これは、私が大学時代の友人Aから聞いた話だ。

 

Aの地元には「赤い階段」と呼ばれる場所があるらしい。

 

古い神社へ続く石段の一部が不自然な赤色をしていて、地元では「絶対に振り返ってはいけない階段」として知られているという。

 

振り返るとどうなるのか、その理由については誰もはっきりとは答えられない。

 

ただ、「帰ってこられなくなる」とだけ噂されている。

 

死ぬのか、行方不明になるのか、それとも別の世界に迷い込むのか──。

 

どれも都市伝説のような話だが、地元の人間はその教えを深く信じているそうだ。

 

「赤い階段」のことを初めて聞いたのは大学1年の頃。

 

夏休みにAの地元へ遊びに行ったとき、地元の噂話として彼が話してくれた。

 

それはただの怪談話だと思っていたのだが、彼の語り口には妙な現実味があった。

 

特に印象に残ったのが、Aの同級生だったBの話だ。

 

Bは中学時代から怖い話や心霊スポットが好きで、地元では「怖いもの知らず」として知られていたという。

 

そんなBが中学2年の夏休み、友人たちと肝試しをすることになった。その目的地が「赤い階段」だった。

 

その夜、Bたちは懐中電灯を持って階段のふもとに集まり、笑いながら石段を登り始めた。

 

最初の10段ほどは何も起こらず、ただの普通の石段だったという。

 

しかし、20段目を越えたあたりで空気が変わった。

 

周囲の音が消え、ただ耳鳴りのような不快な音だけが聞こえ始めた。

 

友人の一人が「なんかやばくね?」と囁いたが、Bはむしろ興奮しているようだった。

 

「ここで怖がったら負けだろ!」と言いながら、先頭を切って登り続けた。

 

30段目を過ぎたとき、Bが突然立ち止まった。そして唐突に振り返ったのだ。


「おい、振り返るなって言っただろ!」後ろの友人が叫んだが、Bはそのまま目を見開き、膝をついて倒れ込んだ。

 

彼の顔は真っ青で、唇が小刻みに震えていた。

 

仲間たちは慌ててBを抱え、ふもとまで降りたが、Bはそれ以降一言も話さなくなった。

 

その後、Bの家族は町を出て行き、Bの行方を知る者はいなくなった。

 

Aが言うには、「Bが階段で何を見たのか、誰にも分からない」という。

 

それ以来、Aも「赤い階段」のそばには近づいていないらしい。

 

私はこの話を聞いたとき、都市伝説のようなものだろうと思った。

 

しかし、Aの真剣な表情が気にかかった。

 

「そんなに怖いのなら、地元の人が確かめに行けばいいじゃないか」と私が言うと、Aは首を振った。

 

「地元の人間ほど近づかないんだよ。何かあるって分かってるから。」

 

その数年後、私はひとりで「赤い階段」を訪れることになった。

 

 

大学を卒業して社会人になり、偶然Aの地元を通りかかる機会があったからだ。

 

Aには「やめておけ」と止められたが、怖いもの見たさが勝った。

 

階段は山奥の薄暗い場所にあった。

 

苔むした石段は確かに一部が赤く染まっている。

 

それはまるで血が染み込んでいるような赤で、不気味さを際立たせていた。

 

私は懐中電灯を片手に石段を登り始めた。

 

最初の10段、20段は何も起こらなかった。

 

ただ、30段目を超えた瞬間、背後に人の気配を感じた。

 

振り返りたい衝動に駆られたが、Aの話を思い出してぐっと堪えた。

 

その時、背後から囁き声が聞こえた。

 

「振り返れ……振り返れ……」

 

それは人間の声というより、何か別の存在の声のようだった。

 

私は恐怖で足がすくんだが、必死に階段を登り続けた。

 

そして50段目に到達したとき、目の前に小さな祠が現れた。

 

祠には赤い布が巻かれており、奇妙な模様が刻まれていた。

 

その瞬間、私は強烈な頭痛に襲われた。

 

慌てて階段を駆け下り、ふもとに戻った時には全身汗だくだった。

 

何とか無事に戻れたことに安堵したが、問題はそれからだった。

 

その夜、私は奇妙な夢を見た。

 

赤い階段を何度も登り降りする夢だ。背後には何者かの気配を感じたが、決して振り返ることはできなかった。

 

目が覚めた時、部屋の壁に見覚えのない赤い染みが浮かび上がっているのに気づいた。

 

その染みは日を追うごとに少しずつ広がっていき、私は気が狂いそうになった。

 

さらに、深夜になるとスマホに知らない番号から電話がかかってくるようになった。

 

最初は無視していたが、ある日意を決して出てみると、電話の向こうから聞こえたのはあの囁き声だった。

 

「振り返れ……振り返れ……」

 

私は耐えきれずAに助けを求めた。

 

Aは私の話を聞くと、「祠の赤い布を触っただろう」と指摘した。

 

実は、あの布には「怨念を封じるための呪い」が込められているらしい。

 

触れてしまうと、その呪いを背負うことになるのだという。

 

Aは地元の霊媒師を紹介してくれたが、霊媒師が祠を封じ直すには莫大な費用と時間がかかると言われた。

 

それ以来、私は夜中に振り返りたくなる衝動と戦い続けている。

 

振り返ったら何が起きるのか、確かめる勇気はない。

 

しかし、日に日に増える赤い染みを見ていると、何かが確実に近づいてきているのを感じる。

 

そして今も、あの囁き声が頭の中で響いている。

 

「振り返れ……」

 

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