私は昔から、地元の山裾にある空き地を不気味だと感じていました。
子どものころ、大人たちは決まって「あそこには近寄るな」とだけ言い含めるのです。
理由を尋ねても「悪いことが起きるから」と言うばかりで、具体的に何があるのかは誰も教えてくれませんでした。
大人になってから、地元の知り合いと飲みの席で話していた時のことです。
私は何気なく「あの空き地って何があるの?」と尋ねてみました。
すると、急に場の空気が重くなり、知り合いは言いづらそうに口を開きました。
「実は、あそこには“夜の集会”っていう奇妙な集まりがあるらしいんだ。地元でも知ってる人は少ないけど、毎年決まった時期になると深夜に人が集まるって話だよ」
“夜の集会”という響きに、私は思わず興味をそそられました。
知り合いの話によると、日時こそ誰も明言しないものの、深夜に山裾の空き地を覗くと、まばらな明かりと小さな太鼓のような音が聞こえることがあるというのです。
ただし、その場に居合わせた人は決して声を出してはならず、もし声を上げてしまうと、次の日からしばらく喉がつぶれたように声が出なくなるという噂があるとも言われました。
私はそんな話を聞いて、真相を確かめようと決心しました。
地元の言い伝えに反発心を抱くタイプの性格でもあったのです。
次の帰省の機会に、わざと深夜まで起きていて、こっそり山裾へ向かいました。
昔から地図にも載っていない小道をたどっていくと、例の空き地へと続く暗がりが見えてきます。
月明かりだけを頼りに足を進めると、不思議なことに、ごく微かですが遠くから太鼓のような音が聞こえてきました。
私は心臓が高鳴るのを感じました。
地元の噂はまるでおとぎ話だと思っていたのに、本当にあの奇妙な音が鳴り響いているのです。
誰かが何かの儀式でもしているのか、あるいは古い風習なのか。
どうして昼間には何の痕跡もないのに、夜になると太鼓の音や明かりが現れるのか。
音を頼りに、空き地のほうへ近づいてみました。
ところが、近づけば近づくほど音が遠のいていくような感覚があり、まるでこちらの存在を悟られないように逃げられているような気がしました。
結局、その晩は音がプツリと途絶えてしまい、私は何も得られないまま帰宅しました。
その後、さらに詳しい話を聞こうと、地元に古くから住んでいる家の人に話を伺いました。
その方の家には妙に年代物のノートがたくさんあり、中を開いてみると、何やら祈りの文句のような文章とともに、空き地の地形を描いた粗い地図まで出てきました。
そこには「ここへ集う者、声を発してはならぬ」「神聖なる鼓動に混じる人の声、必ず禍を招く」といった文言が走り書きされていたのです。
ただそのノートを見せてくれた人も、よくわかっていないのか、多くを語ろうとはしませんでした。
ただひとつ、“夜の集会”は昔から、ある災いを鎮めるために行われているのではないか、と言います。
古くはこの地域に、大雨や疫病など奇妙な災難が相次いだ時期があり、そのたびに山裾で夜通し太鼓を鳴らす風習があったらしいのです。
それと同じことが、今でも密やかに続いているのではないか――そう囁かれていました。
私がさらに探りを入れようとすると、周囲の人たちは口をつぐんでしまいます。
“夜の集会”にまつわる話題になると、途端に無言になり、まるで過去を蒸し返されるのを嫌がっているかのように背を向けてしまうのです。
それでも気になった私は、もう一度山裾へ向かうことを試みました。
深夜にそっと家を抜け出し、あの小道を踏破して空き地へ向かうと、かすかに太鼓の響きが聞こえます。
ところが、私が一歩でも踏み込もうとすると、明かりはすぐに消え、音も闇の奥へと逃げ去ってしまうのです。
その瞬間、何か背後に気配を感じました。
振り返っても誰もいませんが、どうにも寒気が収まらず、私は足早にその場を後にしました。
帰宅してからしばらく、妙な夢ばかり見ました。
夢の中では無人の空き地に立っていて、周囲から太鼓の音が近づいてくるのですが、なぜか動けない。
そして見えない誰かに腕をつかまれて、喉元をのぞき込まれる。
自分の声を出そうとするのに、掠れた息しか出てこない――そんな悪夢です。
結局、あの後も直接“夜の集会”の光景を目撃することはできませんでした。
地元の人々は、わざわざそれを見ようとする者をよく思わないらしく、「あれは見ないほうがいいんだ」「あんなものを覗くと、ろくなことにならないぞ」と言うばかりです。
あれから何度も帰省しましたが、私にあの光景が見えたのは、ほんの数回の太鼓の音だけでした。
噂では、最後まで見届けた者は決まってしばらく声が出なくなるだけでなく、その間の記憶をまるごと失うこともあると言います。
医者に行っても原因不明で、しばらくすると自然に治るそうですが、当人は自分が声を失ったことすら覚えていないらしいのです。
真相を知る人は今もほとんどいません。
ただひとつ言えるのは、あの空き地は昼間の姿と夜の姿が明らかに違うということ。
確かに何の痕跡もない雑草だらけの場所のはずなのに、夜更けになると奇妙な太鼓の響きがどこからともなく湧いてくる。
誰が、何のために集まっているのか。そして、わざわざ声を上げてはならない理由が何なのか。
私はもう深く関わるつもりはありません。
地元に戻っても、夜になれば家にこもり、決して山裾を覗くことはしないでしょう。
たとえ太鼓の響きが聞こえたとしても、それはきっと“夜の集会”の招きではなく、何か別の存在がこちらを試している合図なのかもしれない――今では、そんな気がしてなりません。
一度は自分の目で確かめたいと思った“夜の集会”ですが、これほど地元の人間が口を閉ざすのには、やはりそれ相応の理由があるのだろうと、今は考えています。
結局、すべての答えを突き止めることはできませんでしたが、それでよかったのかもしれません。
もしあの時、あと少し踏み込んでいたら、私自身が声を失い、何も思い出せないまま過ごすことになっていたかもしれないのですから。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)