私が大学生の頃、友人と肝試しに行くのが流行っていました。
場所は夜になると墓が血で濡れたように赤くなる「赤い墓地」や、夜に近づくと水の中に引き込まれる「引きずり沼」など様々でした。
ただその中でも一際怖いと言われていたのは、私が住んでいた場所より車で30分ほど行った場所にある、使われなくなった工場町にある廃墟です。
ここは、過去にTV番組でも紹介されたことがあり、有名な除霊師も近づくだけで吐き気を催すような曰くつきの場所です。
いくつかの心霊スポットを回ってきた私たちは、刺激に慣れ始め、ついに最強と名高いこの心霊スポットに肝試しに行くことになったのです。
当日は車に男女4人が乗りこみ出発しました。
廃墟までの道は木々に囲まれた林に、車一台分ほどしかない一本道が続いていました。
その先にはトンネルがあり(ここも車の故障などがある心霊スポットではあるのですが)、抜けると車の通ることができない道になりその先に廃墟があるとのことでした。
道中私たちはどんなことがあるのか期待に胸を膨らませ向かいました。
今まで行った心霊スポットは肩透かしだっただの、あの心霊ビデオは偽物だの気持ちに余裕があったのだと思います。
しかし、林の道に入ると空気が一変し、灯りのない静かな木々の間から誰かに見られているようなじっとりとした空気を感じました。
それまで和やかだった私たちは急に後戻りのできない道に恐怖を抱き始めました。
すると突然運転していた友人があれ?と呟きました。
私が、どうしたの?と質問すると、彼は、今あそこの木の間にお婆さんが立ってなかった?と聞いてきたのです。
私は心底震えました。
時間は深夜0時すぎ、そんな時間に近くに民家もないこの場所に人がいるはずがないのです。しかも老人がです。
私たちは見間違いだと友人に告げたのですが、彼は不安げな瞳で林の奥を注視し、しばらくしてからまた車を走らせました。
トンネルを抜けた先は車を止められる広いスペースがあったものの道の先にロープが引かれ、車の通行ができなくなっていました。
私たちは車を止め、歩いて廃墟に向かうことにしました。
寒さと恐怖に身を震わせた私たちの会話はぐっと減っていました。
道中工場地帯の名残で高い煙突のある建物が遠目に見えました。
私たちはそこで写真を撮ることにしました。
煙突を背景に写真を撮ると、撮影者の友人があっと声を上げました。
なになにと皆で写真を覗き込むとそこには煙突の周りに赤い球状のものが大きく映り込んでいました。
心霊写真なんてその時初めて見ました。
その前の林のこともあり、怖くなった私たちは目的地の廃墟につくまえに帰ることにしました。
来た時よりも足早にその場を去った私たちは車に乗り込み言葉もなく家に戻ったのです。
その日は私の家に皆で泊まることにしたのですが、家に着いた頃には皆落ち着きを取り戻し、実際に体験した心霊体験に胸躍らせていました。
すると、運転していた友人が、ん?と呟きました。
私たちが反応すると彼はポケットをまさぐり、中から焦げついたような何かを取り出したのです。
彼に聞くとそんなものは持ってきてなかったようです。いつのまにかポケットに入っていたと。
不気味に思ったのか彼は、窓を開け外にそのなにかを捨てました。
先ほどの恐怖が蘇った私たちはその日はもう休むことにしました。
1時間ほどしてからでしょうか、誰かのうなされる声に私たちは目が覚めました。
すると先ほどの彼がひどく怯えた声でうなされているのです。
しきりに体を震わせ、なにかを呟いています。
私たちは彼を起こそうと声をかけたのですが、全く起きません。
私は彼に近づいて直接ゆすろうとしました。
すると、彼の呟いていた言葉がはっきりと私にも聞こえたのです。
「返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ...」
私はひっ!と声を上げ、恐怖に手を振るわせながら彼をゆすりました。
すると、彼の目がかっと開き、「びっくりした?」と私に微笑みかけてきたのです。
私は彼にやめなよ!と怒りました。他の友達も彼の冗談にひどく憤慨した様子でした。
彼はそんなの気にも留めない様子でまた眠りに付きました。
私たちは彼の空気の読めない行動に文句を言いながらも、何事もなかったことに胸を撫で下ろし、目が覚めたら絶対に許さないんだからといって眠りにつきました。
翌朝目が覚めると彼は布団から起き上がった姿勢で固まっていました。
私たちは昨日あったことを彼に告げ、それぞれに文句を言いました。
すると彼は、何のこと?と少し不安気な様子で聞き返してきたのです。
私たちは彼が惚けたことにまたさらに腹を立てました。
ところが彼は本当に狼狽えた様子でそんなの知らない!と突っぱねてきました。
彼の様子に私たちもこれがただ事でないことに気づきました。
彼は震えた口で、昨日林で見たお婆さんが夢の中で彼にしがみつき、返せと何度も迫ってきたことを教えてくれました。
全てを察した私たちは、その後なぜか彼のポケットに戻っていたあの何かを手に、心霊スポットにもどり、奇妙な写真が撮れたあの場所にそのなにかを置いてきました。
その後私たちは二度と肝試しをすることはなくなりました。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)