これは以前、私の妻が勤めていたリサイクルショップで起きた話です。
妻は当時、小型のリサイクルショップでパート勤務をしていました。
私も妻の送迎をするついでによくその店を訪れました。
当時店内を散策して、掘り出し物を探したり、店長さんや従業員の方々と気軽に話したりするのが楽しみの一つでした。
その店舗は規模こそ大きくありませんでしたが、従業員が6名ほどとアットホームな環境で、お店自体も地域のお客さんに愛されて繁盛していました。
特に、大型リサイクル店が進出する前だったこともあり、品揃えの豊富さや独特の温かい雰囲気が人気で、多くの人で賑わっていたのをよく覚えています。
商品も家電・家具・衣類等から雑貨や様々品物があり、幅広い年齢層に人気がありました。
従業員さんはとても明るく、仲が良く、笑顔が絶えない職場でした。そのため、妻も毎日気持ちよく仕事をしており、「ここで働けてよかった」とよく話していました。
そんなある日、新しく新人さんが入ってきて真面目で仕事も覚えも早くすぐになんでも出来るようになり、職場でも重宝されている方がいました。
ですがしばらくしてその新人の従業員さんが、家庭の事情で退職することになりました。
その方はまだ勤務期間も短く、ほとんどの人が深く接することはなかったようです。
退職の日には、妻をはじめ他の従業員たちも「お疲れさまでした」「またどこかでお会いできるといいですね」と、普通の挨拶を交わしながら、その日の営業を終えました。
店舗全体としても特に感情的な出来事があったわけではなく、いつものように営業を締めくくり、妻も帰宅しました。
しかし、その夜、事態は急変しました。
突然、その退職した方から妻の携帯にメールが届いたのです。
内容は「お世話になったので、改めて直接お礼を言いたい」とのことでした。
妻も私も驚きましたが、「勤務期間も短かったのに、そこまで丁寧にしていただく必要はないのでは」と思い、最初はお断りの返事をしました。
しかし、メールは続きます。
「どうしても直接挨拶をして、お礼の品を渡したい」と執拗にお願いされ、断るのもかえって失礼かもしれないと思い直し、後日改めて会うことにしました。
そして、約束の日。
指定された場所に行くと、そこには大量の菓子折りとギフトが用意されていました。
その量の多さに、妻も私も驚き、呆然としてしまいました。
退職された方は満面の笑みを浮かべ、「本当にお世話になりました」と深々と頭を下げます。
正直なところ、こちらとしてはそこまで感謝されるような接点があったわけでもなく、どう対応して良いのか分からないまま、ひとまずお礼を言ってその場を後にしました。
しかし、この出来事をきっかけに、本当に恐ろしい日々が始まることになるとは、まだその時は気づいていませんでした。
家に戻ったその夜、妻の携帯が再び鳴り、またその退職した方からのメールが届いたのです。
最初は「今日はお会いできて嬉しかったです」といった普通の内容でしたが、その後送られてくるメールは徐々に奇妙なものに変わっていきました。
メールには次のような内容が書かれていました。
「〇月〇日、妻の名前さんに商品の陳列について『こうするべきだ』と指示されたが、自分はそれが間違いだと思った。」
「〇月〇日、旦那さんに『自分がつけたゲームの値段が高い』と言われて、とても傷ついた。」
「〇月〇日、妻の名前さんの言葉には棘があり、不快に感じた。」
このような内容のメールが、次から次へと届き始めたのです。
頻度も異常で、一日に何通も送られてきました。
内容は一方的な思い込みや過去の些細なやり取りについて執拗に掘り下げたもので、私たちは恐怖で身動きが取れなくなりました。
何かを刺激してしまえば、もっと事態が悪化するかもしれないと考え、妻と私は冷静さを保とうとしました。
そして、「私たちに悪意があったわけではないが、もしそう思わせてしまったなら申し訳ない」と、謝罪のメールを送ることにしました。
幸いにも、その謝罪が功を奏したのか、相手は落ち着きを取り戻した様子を見せました。
その後、私たちはまた怒りが再燃しないうちに返礼とお詫びの品を持って相手の家を訪れ、できる限り丁寧に対応しました。
これによりなんとか相手も納得してくれたのか、相手とのやり取りはひとまず収まりましたが、妻の携帯に新しいメールが届くたび、私たちの心は「またあの人からではないか」と恐怖で凍りつきました。
数週間が経ち、メールは完全に止まりましたが、あの時の恐怖は今でも鮮明に思い出されます。
普段何気なく話した内容でも相手の受け取り方次第ではこのような恐怖体験へとつながっていくという事に妻も私も驚き、それ以来買い物先やそれ以外の部分でも軽はずみな発言には注意が必要であり、世間話でも気を付けています。
この出来事は、今でも私たちにとって「ヒトコワ」として記憶に残る体験の一つです。
著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter)