怪文庫

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透り抜けた車

癌が身体中に転移した父は昏睡状態でしたが、初冬の小雪が舞い散る朝、息子の私に手を握られた状態で看取られ、息を引き取りました。

 

82歳の父は死期を悟っていたと思われ、苦しむ姿を見せることなく静かにその生涯を閉じました。

 

東北の山間部の実家に住む父と母は、二人暮らしでしたが、二人の強い要望により、私は実家の隣に用意されていた土地に新居を建て、父の亡くなる4年前に転居してきました。

 

一人息子だったので両親の「圧」がすごく、根負けしたのでした。しかしながら老夫婦である父母の介護を考えると、そうするしか選択肢はありませんでした。

 

50代の私たち夫婦には大学生の長男と会社員の次男がいるのですが、私以外の妻も息子たち二人も、口には出さないものの故郷に戻るのは相当抵抗があったようです。

 

そりゃそうです。こちらに来る前は隣の県の市街地、それも駅のすぐ脇にある社宅に住んでいて、近くにはお店が立ち並び、コンビニもショッピングセンターも病院も学校も近くにあり、何処へ行くにも何買うにも不自由無く暮らせていたのですから。

 

それに比べて実家はと言えば、何も無い不便きわまりない山間部なのです。実家の隣に建てた私の家から視界に入るのは、リンゴ畑と迫るような山並みです。

 

近くに駅やバス停はありますが、鉄道もバスも本数が少なく、自家用車がないとかなり不便です。そして住民は100人程度の高齢者が多い限界集落に近いような片田舎です。

 

家族たちが嫌がるのも無理からぬ話です。

 

父が亡くなり、私たち家族4人と母が遺族として残されましたが、大きな問題がありました。お金がないのです。

 

父は癌で入院してましたが、父が最初に入院したのは大動脈瘤で、その時は60代、手術もしました。

 

そして70代で胃癌で入院し摘出手術、間もなく椎間板ヘルニアでも入院し手術し、その後転んで大腿骨の骨折までして入院しました。

 

この骨折で入院して、そのまま癌が悪化し、退院できないままに亡くなったのです。

 

可哀想ではありますが、そんなに入院を繰り返していては、保険が効かない治療もあったし、お金が持ちません。

 

父も母も国民年金なので、恐ろしく低額で、年金だけではとても生活できる筈がありません。

 

結局、預金を取り崩してやりくりしてきたのですが、父が亡くなった頃には底をついていました。そうした事から、葬式にお金をかけられないのです。

 

そうした事から、父の容態が悪化し、病院から「あと数日で…」と伝えられた時、私と母は焦りました。

 

不謹慎なのは百も承知ですが、そんなこと言ってられないほど追い詰められていました。

 

お寺の住職にお布施の相談をして、葬儀社とも低額で出来ないものかと相談しました。

 

すると住職も葬儀社も、意外にもあっさりと納得して、すごく同情してくれたのです。

 

住職は心配しなくてもいいと言って下さったし、葬儀社は家族葬を提案してくれました。

 

葬儀社のアドバイスに従い、削れるものは削って、通夜は無し。香典は受け取らず香典返しも無し。新聞等のお悔やみにも載せない。周りに知られないように、家の外に何も張り出さず、こっそりと家族だけで終わらせる事としました。

 

家に帰って落ち着いて考えると、酷い事をしてるような罪悪感に苛まれました。

 

とにかく、お金がないのですからそれしかやりようがないので、「これは悪い事じゃない。父だって分かってくれる筈」と自分に言い聞かせて「その時」に備えていました。

 

そして、冒頭に書かれたようにその時がやって来ました。私はすぐさま葬儀社に電話して、病院に来る霊柩車を待っていました。

 

ところが、その霊柩車の到着を待っていた時、母の友人と実家の向かいの奥さんが連れ添って父の見舞いにやって来たのです。

 

見舞いに来て下さった二人は「今死んだの?!」と、とても驚いていましたが、私はもっと驚いていました。

 

「まずいな」と、そう思いました。

 

前述しましたように、私の住む地区は限界集落に近いような所なので、誰かが死んだとなると電光石火のごとく、あっという間に広まります。

 

普通の車とほぼ変わらない、誰も霊柩車とは気づかないタイプの車で、葬儀社の方は来ました。

 

そして自宅にも目立たないように静かに父の遺体を運んでくれました。プロの仕事です。和室に遺体を安置させ、葬儀社の方は火葬場の予約をしてくれました。

 

死後24時間以降なので、次の日の午後以降となりますが、あいにく次の日は予約が取れず、2日後となりました。

 

さらに今後の具体的な打合せとなったので、近所の人がお見舞いに来て、父が亡くなったことが知られてしまった事を葬儀社の方に話したのですが、「いつかは分かる事なので、気にしないでこのまま進めましょう」との事でした。

 

確かに今更後には引けません。葬儀社の方がおっしゃるのですから心強く思い、一安心しました。

 

実家に戻ると、やはり地区内に父が亡くなった話は広がっていて、午後になると近所の皆さんが、やって来ました。

 

 

最初は香典を断っていましたが、他の人の香典を預かって来る人もいて、受け取らない訳にいかなくなり、頂く事にしました。それでも香典返しは無しというのは、変更しませんでした。そんな感じでその日は終わりました。

 

次の日も地区の人が来てくださり、対応に追われていました。

 

夜になって、隣に住む親父さんも来たのですが、酔っていました。嫌な予感がしました。

 

以前にも屋根の雪の事で、酔って実家にやって来て、すごい剣幕で文句を言ってきた人でした。普段はすごくいい人なのですが、酔うと人が変わってしまうのです。

 

この日もそうでした。

 

「恥ずかしい事するな!」と怒鳴って来たので、私もつい、「恥ずかしいとは思っていません」と言ってしまいました。

 

住職さんも葬儀社の方も「いろんな事情の人がいるものだから」と、言って下さっていたので、事情も知らないで恥ずかしいと言うのは違う、という確信がありました。

 

私が言うと、隣の親父さんは何も言えず帰っていきました。この話を次の日葬儀社の方に話したら、隣の親父さんに対してすごく怒っていました。

 

私は私たちの為に怒ってくれる葬儀社の方に、なんてやさしい人なんだと感動してしまいました。

 

話しを戻して、隣の親父さんが帰ってから、私は次の日のお昼に行われる火葬の時に出す飲み物とお茶菓子を買いに出かける事にしました。

 

次の日の火葬は当初、家族4人と母の5人の予定でしたが、父が亡くなった事が知らぬ間に広がって、火葬に参加させて欲しいと連絡して来た親戚たちもいました。

 

そうした事から、地区内の交流が深い親戚6人と、妻の母と姉、私の母の妹と、母の亡くなっている弟の嫁さんの4人を加えた15人が来る予定となっていますので、せめてお茶菓子でも用意しようという事になって、買いに行くことにしました。

 

ただ、お菓子屋さんはもう閉まっている時間だったので、私の好きなスイーツを置いているコンビニに行く事にして、自分の車で向かいました。

 

私はこの時、隣の親父さんに凄く腹を立てていて、カッカとしていました。

 

一人になりたかったのもあって、一人で車でコンビニで買物をして、「さあ戻るか」と車を出しました。

 

この冬は早くから雪が降り積もり、コンビニの出入り口には除雪した雪が堆く積まれ、左右の見通しがとても悪い状態でした。

 

コンビニの駐車場を右折して出ようと左右を見ようとしても、積まれた雪の山で中々見えないので、カッカとした状態のまま、さらにアクセルを踏んで道路に出ようとしたら、右側からすぐ目の前にタクシーが迫っていたのです。


「あっだめだ!」と思った瞬間、私の目の前をタクシーが横切りました。

 

正確に言うと、完全にぶつかる距離で、私の車を透り抜けて行ったのです。

 

しかもタクシーの中のドライバーとお客さんが二人座っているのが全身見えていました。タクシーの私側の方が透けていたのです。

 

何言ってるんだと思っているかもしれません。

 

私も信じられませんでした。しかし確かに私の車とタクシーが交わりタクシーの中が透けて見えたのです。

 

瞬間移動ではなく、異次元にいるかのように。

 

このタクシー、よく考えてみれば全く減速もしませんでした。

 

それどころか、私の存在に全く気付いておらず、まっすぐ見ていました。絶対に見える距離です。

 

タクシーは避けようと全くせず、何事もなかったのように、まっすぐ走り抜けて行きました。つまり、私の車は消えていた、私も消えていたと…。

 

この後も私は恐怖でガタガタ震えていました。「何だー!」と叫んだ記憶があります。

 

それからどうやって帰ったのか、思い出せません。とにかく不思議でした。

 

たぶん父からの何らかのメッセージだったのかなと思っています。

 

私を助けたのか。それとも怖い目に合わせて懲らしめたのか。お金を残せなくて謝罪してるのか。家族葬で葬式もまともにあげてくれないと怒っているのか。隣の親父さんに腹立ててカッカしてアクセルを強く踏んでるのを諫めているのか。結局すべて謎のままです。

 

そのあと、火葬も葬式も無事終わり、なんとか支払える金額に収まりました。

 

地区のみなさん、親戚のみなさん、お寺の住職さん、葬儀社の係の方、ありがとうございました。感謝しています。

 

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