怪文庫

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予告写真

これは、おれが以前使っていたスマホに関する話だ。


そのスマホというのは、ネットで買った中古品だった。


おれは昔、就職氷河期に学校を出た。就職はできず、中年の今にいたるまで、派遣とアルバイトで食いつないでいる。

 

住んでいるのは、関東のはずれにあるボロアパート。そんな暮らしでも、仕事をやっていく上で、スマホは必需品だ。でも、高価な新品には手をだしづらいから、中古品を買うことも多い。


そんなわけで、その時は、ネットで見つけた格安の中古品のスマホを使っていたんだ。


確か、使いはじめて一年近くたったころだったと思う。


その日、仕事がなかったおれは、自分の部屋にいて、ふと、スマホの写真フォルダを整理しようと思いたった。

 

隙間バイトで、草むしりなんかやると、その証拠として、写真を撮って送ることになる。そんな写真データが、結構たまっていたんだ。


で、写真フォルダを開いたわけだけど――。


「おや?」と思うことがあった。


そこに、撮った覚えのない写真があったんだ。


女の顔が写っていた。歳は三十前後だろうか。特別な美人というわけではなかった。肩までの髪をした、普通に街で見かけるような女だ。正面を向いた、肩から上の写真だ。

 

パッと見た感じでは、証明書に貼りつけるような写真だった。


(え? おれ、こんなの、撮った覚え、ないぞ)


そもそも、人の顔なんて、撮影しないんだ。

 

自分の顔すら撮らない。もっぱら、仕事の写真ばかりだ。まあ、年に何度か気が向くと、桜が満開のところを撮ったり、紅葉した並木を撮ったりすることもあるけどな。

 

 

おれは、その写真の日付を見た。その日の、13時00分となっている。


おれはさらにびっくりした。


その時刻なら、昼食にインスタントラーメンを食ったあと、寝ころがってテレビを見ていたからだ。


かといって、そのときテレビに映った女性をスマホで撮影した、というのもなかった。


本当に覚えがないんだ。


しばらく考えたけど、わからない。モヤモヤとはするものの、写真はとりあえずそのままにしておくことにした。


そしたら、その三日後のことだ。


おれはテレビのニュースで、その女の顔を見ることになった。おれのスマホに入っていたのと、まったく同じ写真が、テレビに映しだされていたんだ。


それは、その前日に殺された、という女の写真だった。交際相手と別れ話がもつれて殺されたらしい。


女の写真がテレビ画面に出ていたのは、ほんの数秒だった。でも、はっきりとこの目に焼きついたよ。


(被害者の女が、なんでおれのスマホに写ってるんだ?)


さっぱりわからなかった。


スマホの写真が撮られたのは、三日前の午後一時だ。

 

その時点では、この女は生きており、事件は起きていなかった。だから、たとえば、女の顔が二日前のテレビニュースに出ていて、おれがそれを写真に撮った、というのもありえないのだ。


気味が悪かった。おれは嫌な気分のまま、もんもんとしていた。


と、そのうちふと思い出したことがあった。


二週間ばかり前のことだ。


おれは隙間バイトで、あるお墓の掃除を請け負ったんだ。


お墓を掃除する仕事、というのは、そんなに珍しいわけではない。遠方に住んでいて、なかなかお墓の世話ができない、という人が、依頼してくるわけだ。


で、その日、おれは指定された墓地へ出かけていったんだ。そこで「あれ?」と思った。


そのお墓というのが、やたら立派だったからだ。すごいお金持ちが持っているようなお墓に見えたんだ。


(こんな立派なお墓を持っている人が、隙間バイトをやとって、お墓を掃除させるか?)


お金持ちで、遠方にいて、帰ってくる暇がないならないで、もっとちゃんとした、たとえば大手の会社に依頼して、お墓の掃除も供養も頼むものじゃないかな。と、そんなことを思った。


そんな違和感を覚えたものの、仕事はちゃんとやったよ。まずお墓のまわりの草むしりをした。桶に水をくんできて、ひしゃくでお墓にかけ、持ってきたスポンジで洗った。

 

気持ちばかり買ってきた花まで置いた。それから、証拠の写真を撮って、隙間バイトを取り次いでいる会社に送った。

 

それで仕事は完了したんだけど、仕事の間中、なんとはなしに陰気な感じがしていたな。そのときは、さっき感じた違和感があるから、そう感じるんだろう、くらいに思っていた。


でも、いま考えると、あのお墓って、なにかいわくがあったんじゃないだろうか?

 

つまり、へたに触れるとたたりがある、といったようなことだ。

 

たたりを恐れる関係者は、自分では動かず、格安のお金を払って、隙間バイトに掃除させた。

 

お墓にふれて掃除した人間に、なにか祟りがあっても、そんなことは知ったことじゃない、というわけだ。


そして、そのお墓を掃除して、写真を撮ったおれに祟りが来た。おれの持っているスマホがおかしくなったのが、その祟りということだ。


もちろん想像にすぎないよ。なんの根拠もない想像だ。


でも、そんなことを想像したら、ますます嫌な気持ちになったよ。


なにか対策を、と思ったが、おれにはなにもできなかった。


こういうときは、えらいお坊さんとか、神主とか、拝み屋とか、そういう人にお祓いしてもらう、というのが一般的なんだろうな。でも、そんな依頼をしたら、お金がかかる。

 

たぶん万ガネがとんでいくだろう。冗談じゃない。こっちは万ガネどころか、千円札一枚でも惜しいという貧乏人なんだ。


だから、放っておくしかなかった。ただ、スマホの写真フォルダは毎日確認するようになった。

 

 

そしたら、ひと月ほどたったころだ。また写真が現れた。

 

今度は中年の男の顔写真だった。しょぼくれた中年男という感じだ。やはり、証明書に貼りつけるような写真だ。まったく知らない男だし、おれには写真を撮ったおぼえもない。


その日から、おれはテレビのニュースや新聞に気を配るようにした。


一週間後。男の顔を新聞で見ることになった。


四日前に発見された遺棄死体の身元が判明した、という記事といっしょに、その男の写真が新聞に載っていた。

 

家を出かけたまま帰ってこないので、家族が警察に届け出ていたそうだ。

 

なんらかの事件に巻き込まれて、殺されたらしい。そして、男が殺された日というのが、おれのスマホに写真が現れた二日後だった。


おれはぞっとしたよ。

 

スマホに写真が現れると、その二日後に、その人は殺される、ということらしい。


なんとかしたかった。でも、お金をかけずに解決する方法なんて、考えもつかなかった。


ただオロオロとうろたえているうちに、あっという間に二週間がすぎた。


そしたら、また写真が現れたんだ。三枚目だな。


それを見て、「あれっ」と思った。


今度の写真は、前の二枚と違って、ひどいピンボケ写真だったんだ。


写っているのが男の顔だということはわかる。でも、はっきりと誰とはわからない。


おれはじっとその写真を見つめた。そのうち、恐ろしいことに気がついた。


ピンボケのその写真は、おれ自身を写したもののように思われたんだ。


そういう目で改めて見ると、それはますます俺の写真のように見えた。


おれはギョッとした。


これまでのパターンを考えると、写真が現れて二日後にその人間が殺されるんだ。


まさかこのおれが、という思いと、いやきっとやられる、という思いが、ないまぜになっておそってきた。


もう躊躇はできなかった。


おれは町の携帯ショップに飛び込んだ。なけなしの現金をはたいて、新品のスマホを買った。SIMごと新しいやつだ。とにかく、前のスマホとは縁を切りたかった。前のスマホは電源を切って、荷物の奥底にしまいこんだ。


おれはそれから三日間、部屋にこもった。

 

食料品を買いだめし、派遣の仕事も断り、隙間バイトの求人も検索せず、部屋のなかでじっとしていた。

 

もちろん玄関には鍵をかけ、誰かが来ても居留守を使った。他人と接触さえしなければ、殺されることはないからな。


これまでのパターンでは、スマホに写真が現れてから二日後にその人が殺される、ということだった。

 

おれは念のため一日を加えて、三日間部屋にこもりきりになった。

 

三日目が終わり、四日目の朝を迎えたときは、「ああ、助かった」とほっとしたもんだよ。


前のスマホは、いまでも荷物の奥底で眠っている。あんなスマホでも、中古屋に持っていけばいくらかにはなるだろうが、決して売らない。

 

だって、あれが他人の手に渡って、そこでおれの写真が現れたらどうする?

 

それも、今度はピンボケじゃなくて、はっきりと写った写真が現れたら、だよ?

 

おれはその二日後に死ぬことになるだろう。


そう考えたら、とても手放すことはできない。あのスマホは死ぬまで持ち続けるしかないと思っている。

 

著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter