怪文庫

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獣道

2007年の夏だった。

 

私は、岩手県釜石市を訪れていた。

 

目的はただひとつ、かつてこの地に暮らしていたという私の先祖の足跡を辿ることだった。(特にオカルト的な足跡巡りではない)

 

そんな最中、特に理由はなかったが立ち寄ったのが、小さな山を登り静かな林道の奥にひっそりと佇んでいる〇〇山不動寺という小さな寺だった。

 

本堂というには誰もいない、街角のお地蔵さんのちょっと豪華版のような寺には私以外、参拝者もおらず、その背後、街を見渡せる視界が開けた場所にぽつんと大きな石が置いてあった。

 

その大きな石は仏教のお寺らしい五色の布が紐状に巻かれていた。

 

その色褪せた布は、もう自然と同化したのか、虫もついておらず、いっそ、布すら石に見えた。

 

その色褪せた布のほつれた糸の先に、丸みがあるのに、ふたつに割れたような灰色の石があった。

 

私はなぜかそれが気にかかり、お土産にと、手に取ってバッグに入れた。

 

この時の事は、あとはさつまいもの味噌汁ぐらいしか覚えていない。

 

時は流れ、2011年の春。

 

私は、震災直後の金曜日の夜、遊び半分、暇半分で秋田から釜石に向かっていた。

 

あの巨大地震の後、被災地の報道を目にするたび、あの石のことが脳裏に浮かんだのだ。

 

 

意味もなく、ただ返さなければいけない気がした。

 

私はバイクに支援物資を積み、夜の高速を走っていた。

 

もって、明け方。

 

しかし、そこにあったはずの街は、まるでなにもかもが消え去ったようだった。

 

釜石港へと続く大きな通りは、瓦礫に埋もれて通れず、街には人の気配もほとんどない。

 

学校らしき避難所を訪ねたが、そこはただ怒鳴り声と、ヒソヒソとこちらを見る目だけが疲れ切った場所に充満する地獄の縁だった。

 

私は臨時の給水ボランティアを2時間ぐらい手伝い、しかし、打ちのめされて、そのまま物資を渡さず、バイクに跨り、釜石港までゆっくりと走った。

 

何もない。瓦礫しかなく、慌ただしく叫ぶ救助隊と、鳥の鳴き声だけが、暖かな日差しに見える視界を彩っていた。

 

わはただ呆然と、ひっくり返った自動販売機の前に腰を下ろしていた。

 

そのとき、猫が見えた。

 

腹が汚れたとらねこで、疲れてはいたがどこか凛としていたように、今なら思う。

 

私はこの猫の気を引ける何かを取り出そうと、ポケットをゴソゴソしていると、何かが転がり落ちた。

 

石だ。

 

あの寺で拾った石は、ポケットから逃げ出すように、滑り落ち、コロコロと平行が歪んだ道路を転がっていった。

 

猫より、石だろう。そのまま道路の端、数歩先で石が止まった。

 

道路の端は泥の山であり、その石を拾って顔を上げると、小さな、壊れた神棚のようなものが目の前に現れた。

 

その泥に埋もれ、それなりに月日が経っている社は半壊していた。まだ金細工は腐食しておらず、震災から時間が経っていないことがわかった。

 

よく見ると、僅かに開いた扉の隙間から陶器のお狐様が見える。

 

泥にまみれていたが、私は思わずその狐像を掬い上げた。手のひらにすっぽり収まる大きさの白い狐を思わず、握り締める。

 

そのとき、狐を引っ張り出したから、外れた扉の奥から小さな石が転がり出てきた。

 

私は目を疑った。

 

以前拾った石と、わずかな形の違いはあれど、それはまるで割れた片割れのようだった。

 

思わずはめてみると、ぴたりと嵌った。

 

狐のお導きだろうか、そう思うと自然と体が動いた。

 

私は狐像を抱え、2007年にこの石を拾った寺を目指した。

 

街は崩れていたが、山の上の寺は、外観はそのまま残っていた。

 

瓦礫がそこかしこに落ちている、細い階段を抜けた先には、ひとクラスぐらいだろうか?学生らしき若者と大人が数人が避難していた。

 

私は声をかけ、支援物資と簡単な修理道具があることを伝えると、彼らは小さく安堵の表情を見せた。バッテリーの調子が悪いとのことで、私は工具を取り出し、小さな補修を手伝った。

 

夕暮れが近づき、私は狐像とふたつの石を、本堂の奥にある石のそばにそっと置いた。

 

手を合わせると、不思議と肩の荷が下りたような気がした。

 

それが、私の東日本大震災での小さな体験だ。

 

怖い話でも、不思議な出来事でもない。

 

けれど今でも、お寺の後ろで拾ったその石と、あの日神棚から出てきた石がぴったりと噛み合った理由は、わからないでいる。

 

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