怪文庫

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白い犬を連れた女

この話は、誰に話しても信じてもらえないし、下手に話すと気味悪がられる。それでも、俺はこれを記録しておくべきだと思った。


なぜなら、俺の親友Aがこの話の“犠牲者”になったからだ。

 

Aとは中学からの付き合いだった。


何でも話せる親友で、性格も明るく、成績もそこそこ、運動もできて、周囲に人が絶えなかった。


だけど、そんなAが高校3年の春、突然死んだ。

 

死因は「急性心不全」。信じられなかった。Aは病気ひとつしない元気なやつだったし、数日前だって一緒にゲームして、バカ笑いしてた。


でも、それは唐突に起こった。

 

学校帰りに駅のホームで突然倒れ、救急搬送されたものの、病院に着いたときにはもう息をしていなかったらしい。


解剖しても異常は見つからなかった。医者は「まれにあるケース」と説明していたが、俺にはどうしても納得できなかった。

 

葬式の帰り際、Aの母親から一冊のノートを手渡された。


「これ、○○君に渡してって、生前言われてたの。気味が悪かったら、ごめんなさい…」

 

ノートは分厚くて重たく、表紙に小さく「記録」とだけ書いてあった。

 

中を開いて、俺は言葉を失った。最初のページには、でかでかとこう書かれていた。

 

『白い犬を連れた女に、絶対に話しかけてはいけない』


何のことか、さっぱりわからなかった。だけどページをめくるごとに、徐々にAの異変が明らかになっていった。

 

記録は中学1年のある日から始まっていた。

 

 

『今日、学校帰りに変な女を見た。白い犬を連れていた。全身黒い服で、顔はぼんやりしていて、表情がなかった。犬はじっとしていて、生きてるのかどうかすら分からなかった』

 

『その女、最近よく見るようになった。通学路、公園、駅の構内――場所はバラバラなのに、いつも白い犬を連れてる。そして、必ず俺を見ている』

 

『目が合った瞬間、耳元で“やめておけ”という声がした。女の口は動いていなかった。なのに、声が聞こえたんだ』

 

読み進めるうちに、Aがその“女と犬”に取り憑かれていく様子が、ひしひしと伝わってきた。


最初は「気になる存在」だったのが、次第に「恐怖の対象」へと変わっていった。

 

『白い犬の目が、まるで人間のように俺を見ていた』

 

『犬の首輪には、何かの模様が刻まれていた。漢字のようで漢字じゃない。見てはいけないもののような気がした』

 

『女の後ろに黒い影が見えた。いや、影じゃない、“もう一人”いた。だけど誰にも見えていなかった』

 

Aはそれを“都市伝説”のように扱おうとしたのかもしれない。ノートには図や地図、見かけた場所の記録がびっしり残されていた。


しかし、それは次第に“観察記録”ではなく、“遺書”のようになっていった。

 

『クラスメイトに話したが、誰も信じてくれなかった。母に話したら、『疲れてるんじゃない?』で終わった』

 

『この女と犬は、誰にも見えないのかもしれない。少なくとも、“選ばれた人間”にしか』

 

『犬が動いたら、終わり。それは、“連れて行かれる”合図だ』

 

ページをめくるたびに、Aの筆跡は震え、やがて殴り書きのようになっていった。


最後の方には、文章になっていない走り書きや意味不明の記号が増えていた。

 

でも、その中でただ一つ、明確に繰り返されていた言葉がある。

 

『話しかけるな。絶対に、話しかけるな』

 

そして、最後のページ。震えた文字で、こう記されていた。

 

『今日、ついに女が口を開いた。“あなたは見えるのね?”と。俺は何も答えなかった。でもその瞬間、犬が首を持ち上げた』


『もしあのとき、返事をしていたら、俺は…』


そこでノートは終わっていた。ページの裏側には何も書かれていなかった。まるで“そこから先を書く時間すらなかった”ように。

 

そしてその翌日、Aは駅で倒れ、帰らぬ人となった。

 

俺はこのノートを読んだ夜、背筋が凍るような体験をすることになる。

 

夜10時過ぎ、葬儀の帰り。最寄り駅で電車を待っていたときだった。


向かいのホーム。ベンチに、黒い服の女が座っていた。


その足元には、動かない白い犬。

 

全身が硬直した。


ノートの記述と一字一句違わない“それ”が、確かにそこにいた。

 

 

女は顔を上げ、俺を見た。


いや、“見た”なんて生易しいものじゃない。


視線が刺さるように、俺の意識を引き裂くようだった。

 

心臓がバクバク鳴り、足が震えた。逃げ出したいのに、身体が動かない。そのとき――頭の奥に、Aの声が聞こえた気がした。

 

「話すな。絶対に話すな」

 

その言葉で意識が戻り、俺は逃げるように階段を駆け下りた。後ろを振り返らず、息が切れるほど走って家に帰った。

 

あれから5年が経つ。


だけど、“それ”はまだ終わっていない。あの女と白い犬は、今でもときどき、俺の前に現れる。

 

夜の駅、誰もいないエレベーター、コンビニのガラス越し。どこにでも現れる。だけど、決して声はかけてこない。


まるで、“俺が話すのを待っている”ような気がする。

 

俺は今でも、あのノートを肌身離さず持ち歩いている。これはAの遺した“警告”だ。

 

これは俺からの忠告だが、もしあなたが、街角で黒い服を着た女と、白い犬を見かけたら絶対に話しかけるな。目を合わせるな。


まして、犬が動いた瞬間に関わったらその日が、あなたの人生の“終わり”になるかもしれない。

 

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