怪文庫

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そっちじゃなかった

まだスマートフォンも普及していない頃、若者たちにとって情報を得るのはもっぱら「友達の友達から聞いた」「地元の先輩が言っていたらしい」話といった、信憑性のかけらもないような噂話とも言えないような代物。

 

それでも時間はあれど金のない娯楽に飢えた年頃の悪ガキたちは、面白半分でそんな噂話に飛びついていたものでした。


あれはそんな時代、今と同じような夏が始まる前のジメジメした空気と嫌な暑さにうんざりしている日に起きた話です。

 

当時の私は高校を卒業してから何のやる気も起きず、特に目的もなくパチンコ店でアルバイトをしていた20歳でした。

 

パチンコ店の仕事は早番・遅番とシフトが分かれており、私の勤務していた遅番は夜の12時に終わるものでした。

 

駅前と言えど特に栄えた駅というわけでもない立地にあるパチンコ店でしたので、遅番勤務のアルバイトたちは退勤後いつも暇を持て余していました。

 

遅番は暇なフリーターたちばかりなのでいつも終業後は用がない限り、なんとなく駐車場にある自販機の陰に集まり煙草をふかしながらだらだらと溜まっていたものです。

 

ある日の終業後、いつものようになんとなく集まっていると、誰ともなしに"肝試し"の話が始まりました。

 

 

車で一時間以内の範囲に有名なスポットが複数あり、そこに行ったが何もなかった、あれを見に行ったけどもうなかった、などと名前が出るスポットは誰かしらが行ったことがあるといった状況でしたが、ぽつりと誰かが言った「先輩から聞いた〇〇峠」という場所の話題が出ると、知らないと首をかしげる者と名前を聞いたことしかないと言う者しかおらず、私たちはがぜん色めき立ちすぐさまその〇〇峠へ行くこととなりました。

 

その日居合わせたのは後輩の女の子、同期の男性、先輩の男性、私の四名で、同期の運転する一台の車に乗り込んで向かうことになりました。

 

同期の荒っぽい運転と深夜ということも相まって一時間もかからずその峠の麓にたどり着きました。


峠の頂上近くに展望台があるためとりあえずそこへ向かうこととし、街灯のひとつもない鬱蒼とした森の中の道へと車を進めていくのですがその峠道は車一台分と少しくらいの道幅しかなく、同期はそれまでと打って変わって慎重な運転で峠道を進んでいきます。

 

助手席には先輩が座りナビをしてくれていたのですが、いくつかの先の見えないカーブを通り過ぎた頃「一本道のはずなんだけど、これはどっちに行けばいいんだ?」と先輩が口にしました。

 

後部座席から後輩と私も顔を出し前を覗いてみると、ヘッドライトの正面に照らされた先にはガードレールの切れ目にちょうど入れる道が続いているように見えます。とはいえ、その道の先は少し下がっているのか真っ暗で何も見えず、そのまま進むのはためらわれました。


よくよく目をこらすとガードレールに沿って右に大きく曲がる形で続いている道もあったため、流石にガードレールに沿って行く道が本線だろうと各々が口にし、切れ目の道にまっすぐ進まず右にカーブする方の道へ進むことになりました。

 

そのまましばらく進んでいくと開けた場所に出て、展望台がある駐車場にたどり着きました。

 

ここにも街灯の類はなくエンジンを止めると周囲は真っ暗になりました。

 

車外に出ると他に人がいる気配はなく、私たち四人の声と足音だけしか聞こえません。

 

薄気味悪い感じがしながらも暗闇にだんだんと目が慣れてくると、駐車場から一段上がった場所にある展望台から遠くの夜景を望む以外に特に何もない場所で、さして広くもない上周囲は森に囲まれており脇道などがあるようにも見えません。

 

「なんだ、ただのデートスポットじゃん」とがっかりしたようなほっとしたような気持ちでいると駐車場の隅に青い塊があることに気づきました。

 

近づいてみると、それは車のようでまだ新しそうな青いビニールシートにしっかりと覆われていました。

 

後輩と私が「これ、練炭自〇とかじゃないよね・・・」と顔を見合わせていると、同期と先輩が「じゃあこれめくってみようぜ」とビニールシートに手をかけ、私たちは「やめた方が良くない?」と半ばふざけていると突然『ガサガサガサ!!』と近くの茂みで何かが叢から近づいてくるような音が響きました。

 

それまで静かな空間だったためか物音が余計に大きく聞こえ、後輩は驚いて私の腕にしがみつき、私も平然を装いながらも内心ビビっていました。

 

ふざけていた男二人も流石に驚いたのか「なんかの動物じゃね?」と言いつつもビニールシートから手を引っ込めて顔をひきつらせていました。

 

すると今度は茂みの中からまた『ガサガサガサガサ』と先ほどよりは小さいながら長い距離を移動しているような音が聞こえました。いよいよ後輩は半泣きになり始め、後の三人は「きっと鹿かなんかだよきっと・・・」「まあ何もないみたいだし帰るか・・・」と足早に車へ戻ることになりました。

 

車に乗り込むと後輩も安心したのか、霊的なものを感じたというより音にびっくりしたと言いながら落ち着いた様子ですぐに元気になっていました。

 

「結局なんにもなかったな~」と明るく騒ぎながら駐車場を出ると、先輩が「そういえば、来た時にあったもう一本の道見に行ってみないか?」と話し始めました。

 

運転する同期と私も「なんとか村みたいなやつがあったりして~」と乗り気で、後輩は少し渋りつつも「車だし、下りないで何かあったら逃げれば大丈夫」と興味もあるようだったので、先ほどのガードレールの切れ目を四人で探しながら下りて行きました。

 

また鬱蒼とした暗い峠道を探し物をしながらゆっくりとしたスピードでしばらく下りていくと、同期が「あれ?」と声を出します。

 

いつの間にか峠道は終わり、周りはぽつぽつと街灯の立つ広い道路に出ていました。


「道、あった?」


「なかった」


「だよね」


「・・・」


後日。その峠は走り屋と呼ばれる人たちに有名な峠で、この話を走り屋をしている人にしてみると「車が入れるサイズの脇道なんてあり得ない。あそこの道は下が全部崖でガードレール途切れさせたら誰かしら落ちるから絶対そんな幅の切れ目なんてないよ」と言われ、ムキになった私はその走り屋の人と食事代を賭けて〇〇峠へ行きました。


結果、私が奢らされたのは言うまでもありません。

 

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