怪文庫

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黒い人

その黒い影を見るようになったのはいつからか。


家の中でしか見えないその影。ぱっと出ては、ぱっと消えていく。


日常の中に自然に溶け込んでいるかのように存在している。


最初は幻覚か、目の疲れなのかとも思ったが違った。


なぜなら同じ家に住む妹も目撃しているからだ。


気づいたら見るようになり、あまり恐怖は感じなかった。たまたま妹と怖い話をしている時に「たまに黒い影を見る」と話したところ、妹も「わたしもよく見る!」と盛り上がった。


けれど、毎日見るわけでもない。むしろ、「最近見ないな」「最近見かけるな」という二択しかない。


どんな風に見えるのかというと、部屋から廊下に出た際にどこかへ横切るような感じで黒い影が見える。


その形は「人」に見えるのだ。どこかの部屋へ入っていく黒い影もある。あるいは家族の後ろらへんにぐるぐるっとうごめくようにして見える黒い影もある。


けれどなぜか恐怖感を抱くことはなかった。


しかし、だんだんとその黒い影が、最近は「意思」を持ってきたように感じるのだ。

 

ある日、洗濯物を取り込んで畳んでいた。目線は洗濯物にあったが、なんとなくでまわりの景色は見えている。


ふと向こうから、ボーダーの服を着た人がわたしの部屋に入っていくのが見えた。率直に「妹だ」と思ったが、すぐに不思議に思った。


なぜなら、ふすまが開いていない。ふすまが開く音もない。まるですり抜けたかのように部屋に入っていった。


思わず立ち上がり、部屋に向かおうとした矢先。


「ガシャン」と小さな音が部屋から聞こえた。


誰かがなにかを触ったような、落としたような音だった。すぐさま部屋に入ると、そこには誰もいない。


しかし部屋に置いてあったお菓子の入っていたカンが落ちていた。ぽかんとしていると妹がやってきて、さっきあった出来事を話してみた。


案の定「最近よく見るんだよな~」と返されたが、ここまでハッキリ服の模様まで見えたのは初めてで、なんだか気味が悪かった。

 

 

それだけでは終わらない、数日たったある日のこと。妹に頼まれ、わたしは夜食を作っていた。

 

即席の焼きそばをキッチンで作っていると、後ろから誰かがくる気配がした。まるで「もう出来る?」と言わんばかりにわたしの真後ろに近づき、フライパンの中を覗こうとしてくるような感覚。


がっつり気配がしたので、思わず「あと少しで出来るよー」と言った。


しかし、返事はない。(あれ?)と思い振り返ると…


そこには誰もいなかった。確かに真後ろに誰かがきて、会話すらしたような感覚もあった。


さすがに恐怖を感じた。


それ以来、あまりの怖さに自ら黒い影の話はしなくなった。

 

しかし、意識しないように心がけていても、なぜかそれを覆されるような出来事が相次いで続いた。


まず誰もいない部屋から物音がする。人間がいる気配がする。

 

嫌な感じがするようになったので、とにかく怖かった。


あまりの恐怖に色んなことを考えてしまった。

 

最初はあんな怖くなかったのに、なぜこんなことに。話題に出したからなのか、もうなにがなんだかわからない。


とにかくこの家から出て行ってくれと思っていた。

 

しかし、この辺りから黒い影はピッタリと見なくなった。


物音や、気配、感じていた違和感はなにもかもなくなった。妹からも黒い影の話は聞かなくなり、何年か経ってもわたしも黒い影の存在を忘れていた。

 

けれど…最近。


妹とゴミ出しをしに外へ出た。ゴミを出して、エレベーターに乗ろうとした際。ふと妹が「そこに人いた?」と聞いてきた。


わたしは「誰もいなかったよ」と返すと、「さっきあそこから誰かが覗いていた気がした」と。わたしは一気に恐怖を感じた。


気のせいだと思いたかったのに、なぜかまたあの「黒い影」だと思ったからだ。

 

けど、家では見ない。かわりにその日を境に、家のまわりでおかしなものを見るようになった。

 

いるはずのない場所におばあさんが見えたり、わたしにしか見えない子供が見えたり、俗に言う「霊感」みたいなものが生まれたかのように。

 

だとすれば、家にいたあの「黒い影」はどうしていなくなったのだろう…。


いくら考えても答えは出なかったが、もしかしたら幽霊も生きている人間と同じで、成長したり、場所を変えたりするのだろうか。そして、特に悪影響を及ばさないなら、一緒に生活をしてもいいのでは。なんて気持ちにもなった。

 

あくまで素人の憶測にしか過ぎないが、「どっか行ってくれ!」という気持ちは、悪い霊でない限り、そのまま受け取られるんじゃないかと。中には傷つく幽霊もいたりして…だとしたらなんだか申し訳ない。

 

普通に生活して、普通に生きている人間でも、気分の浮き沈みやよどみは発生するものだ。そのモヤモヤが彼らを作り出したとするならば、自分にたいして自分を見放すようなものでもあるのかもしれない。

 

ただあいにく、いまも黒い影…いや、黒い彼らは家で見えていない。

 

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