私が友人と隣県へ旅行に行った時のことです。
その頃の私は仕事があまりうまく行かず、パワハラの加害者になっているような状況でした。もちろん私は身に覚えがなく、行き違いによる誤解が原因でしたが結局は周りからは「そういう人」というレッテルが張られることとなりました。
出勤することも毎日苦しい日々でした。
そんな時に学生時代の友人に誘われて旅行に行くことにしたのです。
定期的に遊びに出かける気の合う友人4人組で逃げるような気持で有休をとり1泊2日の短い旅行へと出かけました。レンタカーを借りてずっとたわいのない話をしながらの旅は私にとっては何よりもストレス解消になりました。
目的は人気のある温泉旅館でゆっくりと楽しむことでしたが、途中観光も楽しんで友人が近くにある古民家カフェでお昼にする事を提案したのです。
観光地に移築されたであろう古民家はすぐに見つかりました。
私はその建物に何か懐かしいものを感じたのです。雰囲気はとても良いのですが、それ以前にここに来たことがあるような気がしたのです。
ただ、その古民家カフェがオープンしたのは最近で、それまでは移築工事が行われていました。
そんなはずはないだろうと自分でも考え直し、カフェのランチを楽しみました。
ゆっくりと話ができるその空間で私はそれまで我慢していた感情を友人に話し始めていました。
この旅行で話すつもりは正直なかったのですが、友人たちは黙って私の話を聞いていました。
「それは辛かったね。私たちはあなたのことを知っているから誤解だというのはすぐにわかるよ、大変だったんだね」
1人の友人がそういうと他の友人は私の話に一緒に泣いてくれました。
とにかくこの建物にいると心が穏やかな気持で癒されるのがわかりました。
友人たちも同じような感想を話しています。
その後は古民家から見える美しい景色を見ながら食事と会話を楽しみ大満足でした。
カフェで会計をすませるときに私は何気なく店員さんに古民家の事を聞いてみたのです。
「このカフェはどこから移築されたのですか?」
するとカフェの方は意外にも私たちの近くの町から移築されたものだと教えてくれたのです。なんだか不思議な気がしましたが、隣県だしあり得ることのようにも思えました。
私はカフェの方にお礼を言うと友人と共に車へ向かいました。
古民家へ向かう時の感情は重い気分でしたが、今はとても気持ちが軽くなっています。
車に乗り込むと古民家の奥のほうからとてもにこやかに笑って少し年配の女性がこちらに手を降る姿が見えました。
「あんな女性いたかな?」私はそんなふうに思いましたが、深く考えることもなく会釈をして後にしました。
それからは仕事の嫌なことはほとんど思い出さずに楽しく旅行したのです。
帰って来てからその後はとても億劫な気持ちで会社に向かいました。
それでも友人たちが励ましてくれた事もありなんとか出勤する事ができたのです。
有休を取って平日に出かけたのでまた何か嫌味でも誰かに言われるのかと思いながら挨拶をしました。
そんなつもりはないかもしれませんが、視線が私に集中しているような気がして変な汗が出てきました。
そこへパワハラの原因となる当の本人が私の前にきました。
「誤解があってのことだとわかったので謝りにきました。そのままにするのは良くないことだと上司に注意を受けました。申し訳ありませんでした。これからもよろしくお願いします」
そう言って小さくなっていました。私はオフィス内で言われて恥ずかしくなり大丈夫だと話して早々に戻ってもらいました。
彼女の上司は私のことをよく知っている先輩でした。
今は直接的な仕事の関係はなくなりましたがありがたい気持ちになりました。
他の人にも見られたことによりその後私の誤解は解けていきました。
こうして考えると旅行へ出かけたことで状況は180度変わったのです。私は気分転換がいい方向へ向かったのだと思いました。
そんな時に母から連絡が来たのです。
父親が急遽入院したというのです。
心配しましたが実際はたいしたものではなくすぐに退院できるものでした。
ところが母方の法要があって遠方へ行く必要があり、少し不安があるので一緒に言ってほしいと言うのです。
仕方なく私は母とともに法要へ出かけました。
母方の親戚とは最近は交流もなくなっていましたが、心配には及びませんでした。親戚はみんな母のように明るくてオープンな人が多いのですぐに打ち解けて話すことが出来たのです。
叔母は昔の写真を持ってきて母と懐かしく話していました。
写真は色あせていましたが母にとっては懐かしくすぐに思い出せるツールのようでした。
何気なくのぞいてみて私は驚きを隠せませんでした。
写っている女性はつい最近見た人だったのです。なんと、親戚一同で大きな口を開けて笑っている女性は旅行先で見たカフェで笑って送ってくれたその人だったのです。
「そんなことないよね、他人の空似かな?」そう思って母親に聞いてみたのです。
「その人はあなたにあったことのないおばあちゃんよ。明るくて家族思いの優しい人だったわ」
母はそう言うと懐かしそうに母親を見つめました。
それ以上は私は何も言わず黙っていました。
怖いというよりは嬉しかったような気持でした。
おばあちゃんが幼少時暮らした家が移築されてカフェとなった事は少し後に聞きました。
おばあちゃんは私を心配して呼んでいたのだろうか、それとも本当に他人の空似だったのか今となってはわかりません。
ただ今でも印象に残るものである事は言うまでもありません。
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