怪文庫

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顔のない女

私は昔から、「気にしすぎ」と言われるタイプでした。

 

人のちょっとした言い回しや、沈黙の意味・空気の変化なんかがどうしても気になってしまって、無意識に考えすぎてしまうんです。


自分でも疲れることがあるくらいで、周囲からも「気にしなくていいのに」と言われることが多かったです。


でも…あの時だけは、その気にしすぎが間違いじゃなかったと思っています。


当時の私は、写真にハマっていて、休日は一眼レフを持って散歩するのが習慣になっていました。


そのカメラは、職場の同僚から譲ってもらったものです。


「使ってないから、良かったらあげるよ」って、古いCanonのカメラをバッグごとくれました。


型番もかなり古かったですが、電源を入れてみたらきちんと動いてシャッターも切れました。少し音がうるさいけど、いわゆるそれが味かなと思って、大切に使い始めたんです。

 

最初は風景や花なんかを撮っていたのですが、あるときふと思い立って、自分のポートレートを撮ってみることにしました。


部屋の窓際に三脚を置いて、セルフタイマーで自分を撮影。モニターには笑ってる自分が映っていたはずでした。


でもその夜、PCで写真を確認していたときに…異変に気づいたんです。

 

私の顔だけが、少しぼやけていたんです。

 

服も髪も背景もくっきり写っているのに、自分の顔の部分だけが不自然にブレていて、まるで顔にだけ霧がかかったような、白く薄まったような、そんな感じの変な違和感がありました。

 

最初は照明のせいかと思って、もう一度撮ってみたんですがやっぱり顔だけが曖昧になっていて。


スマホで同じ場所・同じポーズを撮ると普通に写るのに、そのカメラで撮ると何度やっても顔が崩れるんです。


だんだんと不安になって、譲ってくれた同僚に連絡しました。

 

「あのカメラ…何か変じゃない?」

 

そう言ったとき、彼の反応が一瞬、妙に重たく感じられました。

 

「あぁ…それ、実は姉貴が昔使ってたやつなんだよ。でね、ある時期から写真に自分の顔が写らないって言い出して、すごく気にするようになって…。そのうち体調も崩して、今は療養中なんだ。いやでもそのカメラが原因かは分からないし、ちゃんと動作するから問題ないと思うんだけどね」

 

いや、そんな大事な事渡す時に言ってよと心の中で毒づきはしたものの、その時は正直それを聞いても「たまたま」かなと思っていました。


霊感とかそういうのは信じてなかったし、写りがおかしいのもカメラの故障とか電磁波の影響とか何か理屈があるんだろうと。

 

でも、それからが本当におかしくなったんです。

 

 

ある夜、真夜中にふと目が覚めました。


部屋は真っ暗で静かでしたが、カシャッというシャッター音が確かに聞こえました。


一瞬「夢かも」と思ったんです。でもテーブルの上に置いていたカメラのレンズが、こっちを向いていたんです。

 

レンズが外側を向いていると何かの拍子に傷ついてしまう事もありそうですし、私は絶対そういう置き方はしません。


あの角度は何かがそのカメラを使い、撮ったようにしか思えませんでした。

 

翌朝、PCにSDカードを差してデータを確認すると見知らぬ写真が2枚、追加されていました。


そこに写っていたのは、私の部屋の三脚の前に立っている私。


でも顔が、なかったんです。


目も鼻も口もない、のっぺらぼうの私が、静かに立っていました。

 

全身を恐怖が駆け巡りましたが、もう1枚を確認しないという選択肢はその時の私にはありませんでした。


その選択はその後すぐ後悔することになる事も知らずに。


もう1枚を震える手で確認した時――私は凍りつきました。

 

1枚目と同じように私はのっぺらぼうで静かに立っていました。でもこれは2枚目においては些細な問題でした。


私が写っていたその背後。廊下の奥に、もう一人の“私”が立っていたんです。

 

同じように顔はないもう1人の人間。


そしてその手には、なぜか私と同じカメラが握られていました。


思わず絶叫し震えあがった私はついに、そのカメラを処分したのでした。

 

その後日、スマートロックの履歴に私がいないはずの時間帯に鍵が開いた記録が残るようになりました。


インターホンのログにも、映像のない不審な履歴がいくつも残るようになりました。


誰もいないのに。合鍵なんて、誰にも渡していないのに。


そして時々、鏡を見るたびに、心のどこかがざわつくのです。

 

「この顔、本当に自分のものだっけ?」と。

 

最初は、気のせいだと思おうとしていました。でも、変化は少しずつ、確実に現れていきました。

 

 

たとえば、口角の上がり方が微妙に左右で違っていたり、寝起きの顔が「昨日までと少し違う気がする」と感じたり。


何より、写真に写る自分の顔が、だんだんと見慣れない他人のように感じられるようになったんです。

 

SNSのアイコンに使っていた自撮りも、ふと見返すと「これ、私じゃない」と感じることがあって。人から「これいつの?いい写真だね」と言われるたびに、心の奥がざわっと揺れる。まるで他人を褒められているような違和感でした。

 

ある日、思い切ってカメラをくれた同僚に元々カメラを持っていたお姉さんのことをもう一度聞いてみました。


入院先までは知らされませんでしたが「最近は誰のことも覚えていない」とだけ教えてくれました。

 

でも、その話をしている最中、彼の表情が一瞬だけ、妙にこわばったのを私は見逃しませんでした。

 

「そういえばさ。姉の部屋のクローゼットから、もう一台カメラが出てきたんだよね。でも、変なんだ。そっちは顔しか写ってない写真ばっかり入ってた。顔だけ。しかも全部違う人の。見たことない女の人ばっかり」

 

そのとき、全身がゾワッと総毛立ちました。


私はなにも言わず、話を変えました。けれど、心の中にはひとつの仮説が浮かんでいました。

 

──もしかして、写らなかった私の顔は、あのカメラの中で集められていたんじゃないか。


──顔だけを、抜き取られていたんじゃないか。

 

それからというもの、私は写真を撮れなくなってしまいました。


どんなカメラであっても、レンズを自分に向けると、手が震えてしまうんです。何気ない集合写真や、職場のスナップにも映りたくないと思ってしまう。


今この瞬間、写された何かがまた、どこかで生き始めるんじゃないかと……。そんな考えが頭を離れないのです。

 

もう写真に写っているのは、私じゃないのかもしれません。


私の顔を持った、誰か。

 

この顔が自分のものだと、いつまで信じていられるでしょうか。

 

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