怪文庫

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夏の日に消えた家

小学三年生の夏休み、僕は近所の川沿いにある水辺公園で遊んでいた。

 

蝉の鳴き声が耳をつんざくように響き、その声はまるで溶けかけた熱気をさらに増幅させるかのようだった。日差しは強く、肌にジリジリと焼き付くような感覚があった。アスファルトの地面からは熱気が陽炎のように立ち上り、遠くの景色を歪ませていた。

 

僕はいつものように、公園の木陰にある古いベンチに腰掛け、手に持ったゲーム機の画面に夢中になっていた。画面の小さなキャラクターたちが繰り広げる冒険に没頭していると、時間の流れがゆっくりになったように感じられた。

 

すると、どこからともなく声がした。

 

「そのゲーム、面白そうだね」

 

その声は、蝉の声に負けないくらい澄んでいて、僕の耳にすっと届いた。

 

僕は驚いて顔を上げ、声のする方を向いた。

 

同じくらいの年頃の男の子が、僕のすぐ隣に立っていた。

 

彼のTシャツは鮮やかな水色で、汗で少し湿っていた。彼は少し恥ずかしそうにしながらも、興味津々の目で僕のゲーム画面をのぞき込んでいた。

 

僕は少し戸惑いながらも「うん、楽しいよ」と答えた。

 

彼はにっこりと笑い、その笑顔は夏の太陽のように眩しかった。

 

「うちで一緒にやろうよ」と、彼は僕を誘ってきた。

 

彼の声は弾んでいて、まるで楽しいことが始まるのを待ちきれないかのようだった。

 

 

時間を見るともう夕方近くで、空は少しずつ茜色に染まり始めていた。公園のベンチにも影が長く伸びていた。

 

僕は「今日は遅いからやめておこう」と伝えた。

 

彼は少し残念そうな顔をしたけれど、すぐにまた明るい表情に戻った。

 

「家は近いから場所だけ教えてあげる」と言った。

 

彼は慣れた手つきで自転車にまたがり、案内すると言って先に進んだ。彼の自転車の後輪には、小さな泥よけが付いていて、それがくるくると回るのが見えた。

 

最初はよく知っている道だった。

 

川沿いの遊歩道は、夕方になると涼しい風が吹き抜け、散歩する人たちの姿がまばらに見えた。馴染みのある小さな橋を渡り、近所の商店街の角を曲がる。夏の空は青く澄み渡り、木々の葉の間から漏れる光が地面に揺れていた。

 

僕は少し安心し、彼の後を追うように自転車をこいだ。

 

彼の後ろ姿は頼もしく、このままどこまでもついていってしまいそうだった。

 

ところが、道は次第に変わっていった。

 

商店街の活気は薄れ、街の景色はいつの間にか消えていた。

 

代わりに、雑草が伸び放題の細い道に入った。そこはまるで誰も通らないような、けもの道のようだった。

 

自転車一台がやっと通れる幅しかなく、両側には背の高い草や木々が生い茂り、僕の肩にかすかに触れるほどだった。草の葉が僕の肌をくすぐるたびに、僕は少し身震いをした。

 

風が吹くたびに葉がざわざわと揺れ、鳥のさえずりもいつの間にか聞こえなくなっていた。代わりに聞こえてくるのは、僕の自転車のタイヤが砂利を踏む音だけだった。

 

静けさが辺りを包み込み、僕の胸はざわつき、不安が募る。

 

彼は何も怖がらず、慣れた様子で自転車のハンドルを握り、凸凹の小道を進んでいった。彼の背中には迷いがなく、僕はそれが少し不思議に思えた。

 

細い道の途中には、木の根が何本も地面から突き出し、まるで蛇がうごめいているかのようだった。

 

僕は慎重に避けながら進んだ。僕の心臓は早鐘を打ち、何度も後ろを振り返ったが、そこには僕一人しかいなかった。まるで僕だけが、この奇妙な道に迷い込んでしまったかのようだった。

 

道はやがて薄暗くなり、上空の木々が覆いかぶさって、空はほとんど見えなくなった。

 

夏の強烈な日差しは届かず、あたりは薄い緑色の光に包まれていた。まるで時間が止まったかのような静寂が広がっていた。風は止み、耳を澄ましても何の音も聞こえなかった。世界から切り離されたような、不思議な感覚だった。

 

やがて、森の奥にぽっかりと開けた場所が現れた。

 

そこには新しい白い平屋の家が建っていた。

 

外壁は真っ白で、太陽の光を受けてまばゆく輝いていた。

 

家の前には小さな花壇があり、色とりどりの花が咲き誇っていた。花々はどれも生き生きとしていて、まるで家を守るかのように咲き乱れていた。まるで絵本から飛び出したような光景に、僕は息をのんだ。

 

こんな場所に、こんなに綺麗な家があるなんて、信じられなかった。

 

彼は笑顔で「ここが僕の家だよ。明日遊びに来てね」と言い、玄関のドアを開けて中に入っていった。

 

僕はその様子をぼんやりと見つめながら、胸にわずかな期待と、そして拭いきれない不安を抱き、その場を離れた。

 

彼の笑顔はとても魅力的だったが、同時にどこか掴みどころのない、蜃気楼のような儚さも感じられた。

 

帰り道は、なぜか来た時とは違う、見慣れた道ばかりだった。

 

 

川のせせらぎ、風の匂い、夕暮れの空の色が、いつもより優しく感じられた。

 

僕は心の中で、明日の約束を何度も繰り返しながら家に着いた。

 

ところが、その夜から激しい雨が降り続いた。窓を打つ雨音が響き、遠くでは雷が轟いていた。まるで、何かの力が僕とあの家との間に壁を作っているかのようだった。

 

僕は外に出られず、雨がやむのをじっと待った。

 

雨が止んだ翌日もまだ小雨が降っていたため、外出は控えた。

 

次に晴れた日、僕は約束通り彼の家へ向かった。

 

覚えている道を辿り、あのけもの道に入り、迷うことなく森の奥へと進んでいった。

 

しかし、以前見た白い平屋の家は消えていた。そこにはただの砂利の駐車場が広がり、家の跡形もなかった。

 

辺りを見回しても、あの花壇も、あの白い家も、どこにも見当たらなかった。

 

僕は混乱した。どうして?あの家はどこへ行ってしまったんだろう?

 

家に帰り、母に尋ねると、「あそこは昔から駐車場だよ。家なんて建っていなかったよ」と、驚くほどあっさりと言われた。母の言葉に、僕の記憶と現実が交錯し、頭が混乱した。

 

あの日の彼や、細いけもの道、白く輝く家の姿は、すべて僕が見た夢だったのか?それとも、夏の暑さに当てられた錯覚だったのか?

 

もしあの時、雨が降らずに彼の家に遊びに行っていたら、何が待っていたのだろうか。

 

あの家は、本当に存在していたのだろうか。今でもあの夏の日の不思議な体験は、僕の心に消えることのない謎として刻まれている。

 

あの白く輝く家は、もしかしたら僕にしか見えない、夏の幻だったのかもしれない。

 

あの男の子は、一体誰だったのだろうか。もう一度会えるなら、彼に尋ねてみたいことがたくさんある。

 

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