怪文庫

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深夜の常連客

大学生の頃、生活費を稼ぐために深夜のコンビニでバイトしていた。


当時は一人暮らしで、昼間は大学、夜は0時から朝5時までバイト、という生活リズム。

 

正直、体力的にはかなりしんどかったけど、時給がよかったから仕方なく続けていた。


バイトが終わった後は疲れてそのまま寝てしまい、授業に行く時間もギリギリで、昼夜逆転生活に近い生活を送っていた。

 

深夜帯はお客さんが少なく、暇な時間は品出しや清掃に費やすことが多かった。棚の埃を払ったり、アイスケースの温度を確認したり、店内のゴミを捨てたり。


しかし、毎日決まった時間に必ず来る常連さんが数人いて、新聞配達前のおっちゃんや夜勤明けっぽい若い兄ちゃんなど、適当に世間話をしていくので気が楽だった。


「あ、寒いですね」「今日も遅くまで大変だね」といった簡単な挨拶だけで、深夜の静けさの中で孤独感を紛らわせることができた。

 

その中に、一人だけ妙なお客さんがいた。


小柄なおばあさんで、背中が少し曲がっており、歩みはゆっくりだが、必ず夜中の2時ちょうどくらいにやってくる。真冬でも真夏でも、雨の日も雪の日も時間が狂うことはなかった。まるで時計の針のように正確だった。


その歩く音はいつも静かで、ヒールの音もない。靴が床に触れるか触れないかくらいの微かな音だけで、でも何故か遠くからでも気づくことができた。

 

おばあさんが買うものは毎回同じ。牛乳1本と食パン1袋だけだ。


黙ってお金を出し、会計が終わると会釈してそのまま帰る。声を聞いたことがないので、どんな話し方をするのかも分からなかった。


最初は「律儀な常連さんだな」くらいにしか思っていなかった。

 

しかし、普通、食パンと牛乳を毎日買うだろうか。冷蔵庫に入れれば何日も持つし、パンも一袋で数日分ある。


それを毎日欠かさず、しかも深夜2時に買いに来ることに、次第に違和感を覚え始めた。

 

 

さらに不気味だったのは、店に入ってくる時の空気の変化だ。外の冷たい夜風とは違う、妙に湿った匂いがふわっと漂い、店内の空気が一瞬張り詰めるように感じた。

 

決定的におかしいと気がついたのは、バイト仲間との会話だった。


私と同じ時間帯に入っていた同僚がある日、ぽつりと言ったのだ。

 

「なあ、あのおばあさんさ……ずっと前から来てるよな?」

 

「そうだね。私が入ってからは毎日見てるよ」

 

「いや、俺がバイト始めたの2年前なんだけど、その頃から同じ格好で同じ物買ってるんだよ。年も全然取ってないように見える」

 

冗談だと思ったけど、同僚は真顔だった。


私も半年くらいそのおばあさんを見ていたが、確かに最初に見たときと全然変わっていない。背中の曲がり具合も、着ている服も、顔つきも。


服はいつも薄手のグレーのコートに、黒いスカート、そして手には古いビニール袋を持っているだけだった。

 

そんなある夜、同僚がついにやらかした。


いつものようにおばあさんが牛乳とパンを持ってレジに来たとき、笑顔でこう言ったのだ。

 

「いつもありがとうございます。毎晩お元気ですね」

 

おばあさんは一瞬動きを止め、私も思わず息を飲んだ。これまで一度も口を利かなかったおばあさんから返事が返ってくるとは思わなかったからだ。

 

ところが、そのときだけは違った。


おばあさんはゆっくり顔を上げ、にこっと笑って言った。

 

「そうやって声をかけてきた人、あなたで三人目ね」

 

背筋が凍った。意味は分からなかったが、絶対に関わってはいけない類の言葉だと直感した。


同僚は苦笑いで「はは、そうですか」とごまかしたが、明らかに顔が引きつっていた。


その後、店内の蛍光灯のチカチカした光が妙に長く感じられ、時計の秒針が異様に遅く進んでいるように思えた。

 

その夜はそれで終わったが、翌日から同僚はバイトに来なくなった。


シフト表には名前が残っていたが、無断欠勤扱い。電話しても繋がらず、LINEも既読にならない。


店長に聞いても「連絡取れないんだよなぁ」と言うだけで、結局そのまま退職扱いになった。

 

私は怖くて、それ以来おばあさんに一切話しかけなかった。


レジでも黙って会計を済ませるだけ。おばあさんも相変わらず毎晩2時に来て、牛乳とパンを買って帰る。

 

ただ、一つだけ変わったことがある。


同僚が消えてしばらくして、私がレジをしているときに、おばあさんがじっと私の顔を見てきた。


初めて、まっすぐ目が合った。その目が妙に濁っていて、奥に何かが渦巻いているように見えた。


私は怖くて視線を逸らしたが、耳元で確かに聞こえた。

 

「……あなたは四人目になるのかしら」

 

牛乳とパンをレジに通す。もう顔は上げれなかった。

 

その日以降、私はバイトを辞め、二度とあの店には近づかなくなった。


しかし不思議なことに、たまに夜中に買い物をしていると、背後でカランと鈴が鳴る音がして、パンと牛乳の匂いがすることがある。


そのたびに、あのおばあさんの濁った目と、あの言葉を思い出すのだ。

 

「四人目になるのかしら」

 

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