怪文庫

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手紙

俺がこのアパートに引っ越してきたのは、今年の春頃のことだった。


築40年くらいの木造アパートで、駅からも歩けるし、一人暮らしするにはちょうどいい広さ。


和室で水回りなんかも古かったが、職場まで電車で10分ちょっとの駅にあったし何より家賃が安かったから気にならなかった。


むしろ田舎の爺ちゃんの家みたいな落ち着く雰囲気が気に入っていた。


気ままな一人暮らしが始まってしばらく経った頃だ。

 

郵便受けに、一通の手紙が届いた。

 

他の郵便物に埋もれるように、差出人名不明の手紙が届いていた。

 

うちに届く郵便物といえばせいぜい公共料金の支払伝票か飲食店のチラシぐらいのものなので手紙が届いていることに気づくのが遅くなってしまったようだ。


手紙には「イノウエ様」と書かれていた。

 

見覚えのない、細く整った文字。


今更だが、俺の苗字は田口である。イノウエではない。母の旧姓や、遠い親戚にもイノウエという姓はいない。

 

恐らく前に住んでいた人宛の手紙だろう。


中を改めるのも悪いの気がして、手紙はゴミ箱に入れた。


前に住んでいたイノウエは転居届をいちいち出さないような大雑把な奴だったのかな、などと前の住人に思いを馳せているうちに、手紙のことは俺の脳内から消えていった。


1週間ほど経った頃だろうか、俺は再び手紙のことを思い出す事になる。何故なら、その手紙が再び届いたからである。


また同じ細く整った文字、差出人名はない。簡素な封筒は軽く、内容物は紙1枚であろうことが伺える。

 

 

2度目ともなるとさすがに内容が気になったが、封を切ろうとするとどうにも良心が痛んだ。


3度目はないことを願いながら、手紙を折りたたんでゴミ箱に入れた。


しかし、願いもむなしくその手紙は届き続けた。


毎週金曜日辺り、仕事から帰ってきてポストを除くと決まってその手紙はあった。


同じ筆跡、同じ宛名。差出人は書かれていない。

俺はなんだか薄気味悪くなり、その週に届いた手紙を持って不動産屋を訪ねた。


「すみません、この部屋の前住んでた人って、イノウエさんですか?」


不動産屋の担当者は、少し怪訝な顔をした。


 「ああ詳しくは言えないですが、確かそんな感じでしたが…。何か?」


 「いや、イノウエさん宛ての手紙が、毎週届くんです」


持参した手紙を取り出すと、担当者は俺の手元を一瞥して「ああ、そうですか…転居届を出してないんでしょうね。何度も手紙が届くようでしたら、申し訳ないですが、破棄してください。うちとしても、どうにもできなくて…」


とため息交じりに答えた。

前の住人の不手際ということが正式に判明して、どこか安心した。


丁寧に書かれたであろう手紙をそのままゴミ箱に入れる罪悪感から、少し解放されたような気持ちだった。

手紙は変わらず次の週に届いたが、ここで俺は再び手紙の中身に関心を向けた。


毎週決まって届けるくらいなんだから、そうとう大事な内容なのではないか?もしかしたら何か奇妙な事件に関係しているのかもしれない。


一度抱いた好奇心を捨てることは難しく、俺はとうとう手紙を開封した。

なぜか俺は正座になり深呼吸をして、そっと開封した。


中には便箋が1枚。 そこには、ただ一言、整った文字でこう書かれていた。

「返してください。お願いですから」

たったそれだけだった。


返してほしい?何を?何か大事な重要が書かれていると思った俺は、その情報量の少なさに拍子抜けした。


イノウエさんの前の恋人だろうか、でも部屋に私物などは残ってなかったし。


借金か?だとしたら厄介だ。ここに借金取りにやって来られたら困る。いやむしろ、そうなれば転居したことを伝えられるかもしれない。


そんなことを考えながら、やはり手紙はゴミ箱に捨てた。

手紙は変わらず毎週届いたが、おかしなことに気づいた。


手紙の内容は少しずつ変わっていたのである。

「返してください」


「返してくれたら、もう手紙を送りません」


「返してくれないと、困ります」

ニュアンスこそ違うものの、全て「返してください」という内容だった。

毎週決まって届く、同じ内容の手紙。変わらず整った筆跡ではあるが俺はどこか、怨念めいたものを感じていた。


差出人はどんな人物なのか、イノウエに何を返してほしいのか?考えても分かるはずもなく、俺はすっかり怖くなっていた。


最近は手紙が届くたびに、中身を薄目で確認するとすぐに破り捨てるようになった。

そして手紙が届き続けて数か月ほど経った日のこと。


郵便受けを開けると、いつも通り手紙が入っていた。

しかしその手紙は、いつもと違った。

 

宛名には「田口様」いつもの字で、俺の名前が書かれていた。


一気に血の気が引いた。


指に力が入らなくなり、封筒は床に落ちた。

なぜ、俺の名前を?差出人は、やはり書かれていない。

震える手で封筒を開けた。


中にはいつもの便箋。細く整った筆跡。


そこには、こう書かれていた。

「近いうちに取りに行きます」

…その日から、俺は毎日怯えている。


いつかあの手紙の送り主が、この部屋にやってくる。


今のところ危険や不思議な出来事はないが、念の為この話を残しておく。

 

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