怪文庫

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画角の中の愁傷

心霊スポットにまつわる、友人の体験談です。

友人のCは写真家をしていまして、全国飛び回っては色んな情景をカメラに収めていたんですよ。

知らない土地を踏みしめて、自分の気に入った画角を見つけてシャッターを切る…この瞬間が堪らないのだと、Cは常々溢していましたね。

 

そんなCがいつものようにバイクを走らせ、とある地方の浜辺を撮っていた時だったんですが。


砂浜に下ろした靴が、砂ではない別の何かを踏んだんですって。

カサカサという乾いた音は、足元にある数枚の紙から鳴っている。拾い上げるとそれらが古い写真だとわかりました。

白黒の風景写真。裏に『窓から見える海』と手書きで書かれた写真を見るC。雄大な大海原と海面に沈まんとする太陽を切り取ったその1枚に、Cは感嘆の声を漏らしました。

(素晴らしい画角だ、この海を撮ったのか、自分が立っているこの砂浜より少し目線が高いようだ、裏のメモを見るにどこか建物の窓辺から撮ったのだろうが、一体どこから撮ったんだろう)

そんな事を考えながら2枚目の写真を見ると、そこには背の高そうな木々の間から、2階か3階建てくらいのコンクリート製の建物が写っていました。

裏返すと先ほどと同じ筆跡で『私の住む家』とメモ書きが。

(あの海の写真はこの窓辺から撮ったのだろうか。しかし、家と呼ぶには建物が大きいというか、これはむしろ…)

3枚目をめくる。建物の正門でしょうか、木製の看板が立てかけてあり白衣を着た男女と入院着のような衣服をまとった女性が並んで写っていました。

 

 

看板の文字は霞んで読めませんが、写真の裏には『〇〇病院前、手術前日、先生たちと』という文字。

(そう、写っている建物は病院だと思ったのだ、メモ書きから察するにこの入院着の女性が写真の持ち主だろうか、病院を家と称するくらい長い入院生活だったのだろうか)

4枚目をめくったCは思わずヒュッと息を飲みました。

白黒でもわかる、分厚い包帯に覆われた右腕。包帯の隙間から覗く皮膚は爛れているようにどす黒く、表面に凹凸が浮かんでいます。

右腕の奥に天井のような模様があり、まるでベッドに仰向けに寝て腕を掲げて撮ったような画角だと思いました。

裏にはたった1言だけ、『治らない』と。

(写真に印字されている撮影日は手術前日の写真より後のもの、では手術が失敗したのか、この病状は何だ、持ち主は今どうしてるんだ)

Cは5枚目、6枚目、7枚目と、震える手で写真をめくりました。

いずれも窓から見える空やベッドの縁、見切れた足など、ベッドに寝たままシャッターを切った画角の写真でした。

足は腕同様痛々しく爛れた皮膚を隠すように包帯が巻いてありましたが、その包帯も黒いシミが滲んでいました。

裏には4枚目同様『治らない』と書いてありましたが、枚数を追うごとに筆跡が震えるように歪んでいっていました。

病状が全身に及んでいる様子を写真で見たCは、残り数枚の写真を裏返してメモ書きを読もうとしました。

もしこの写真たちが落とし物だとしたら、この持ち主らしき女性かあるいは…その…ご遺族の連絡先が書いてあるかもと思ったそうです。

裏返してしばらくは『治らない』と書いてあった写真ですが、ある1枚を見たCはピタリとめくる手を止めます。

『お別れ』

今までの震えた筆跡とは打って変わって、手術前と同じようなハッキリとした筆跡。

Cが写真を表に返す。

写っていたのは空と、画角の端に茂った森の木々、それに3階の窓が開いたコンクリート製の建物。

レンズに濃い色の液体が付着したのか全体的に飛沫がかかったようになっていて、まるで地面に寝転がるような画角だと思った瞬間、そのシチュエーションと飛沫の正体が結びついたCの心臓が嫌な跳ね方をしました。

片手で胸を押さえますが、もう片方の手の震えは止まらずバラバラと写真を落としてしまいます。

まだ見てない写真は数枚あるが、もうこれ以上見てはいけないと頭の中で警鐘が鳴っている。

それでも1枚、どうしても視界に入ったその写真を拾い上げました。

気になったのはこの写真だけカラーだったから。窓から覗き、やや視線を下に向けた画角で撮られている。

(この窓枠は見覚えがある、一番最初の海を写した時の窓だ。今回は海ではなく手前の浜辺を写しているが、いや、待て、この浜辺に立っている男の服装はまるで今自分が着ているものと同じ色じゃ…)

震える手で、ゆっくりと、写真を裏返す。そこにはもう見慣れてしまった筆跡で一文…、

『撮りに来てよ』

Cは持っていた写真も、足元に散らばった写真もそのままに、浜辺から逃げるように駆けだしていました。

 

 

飛びつくようにバイクに乗り、その日泊まる予定だった民宿に到着したCは動転した気のまま宿の主人に写真の話をしました。

地元に住んで長い主人は最初Cの様子に困惑していましたが、Cが落ち着いてきた頃合いを見計らって昔話を始めました。

写真からCが察していた通り、あの浜辺の背後…やや丘のように高くなっている森林の奥にはかつて病院が建っていました。

当時としては珍しいハイカラな様相で設備も郊外の病院にしては充実していたんですが、近隣に住んでいる人間はあまり利用していなかったと。薮だったという事ではないんですが、当時は妙な噂があったんですって。

「あの病院の院長の娘が不治の病に罹っていて、日々の業務の裏ではその病の治療法の研究がされている」

「その研究のために、あの病院では公にできないような人体実験まがいの手術が繰り返されている」

「手術のために県外から患者を受け入れて、無理に誓約書を書かせて施術している」

一度入院したら退院できないと。当時入院するために町を訪れる人は大勢いても退院して町を去る人数が明らかに少なかったらしく、それで現地の人たちは口々にそう噂したみたいですね。

そして実際、飛び降りる事件も何件かあったようです。

しばらくしてその病院は閉鎖しました。病院側からは閉鎖理由は諸事情という説明でしたが、現地では、「人体実験がついにバレて外部から言及があったんじゃないか」「(確かではないが)娘さんの病の治療に失敗して、それを苦に娘さんが自ら病室から飛び降りてしまったんじゃないか」ともっぱらの噂だったようです。

それに、病院が閉鎖した後あたりから、Cが見つけたように例の浜辺で複数の「奇妙な体験」が目撃されるようになったようなので尚更ですね。(中には本当の幽霊体験をした話もありました)

一泊した翌日、Cは再び浜辺へ赴きましたが、昨日の場所に写真はもうありませんでした。

宿の主人は、あの病院だった建物は心霊スポットとして人を集めた時期もあるが、今は老朽化が進み崩れる危険があるので敷地には入れなくなっていると。

ただ門前までなら行けて、そこからなら娘さんの元病室の真下…娘さんが実際に飛び降りた現場も見えると教えてくれましたが、Cには行く勇気も、まして建物に向かってシャッターを切る勇気も湧きませんでした。

『撮りに来てよ』

文面しか知らないはずなのに、写真に写る女性の声が耳元でそう囁くような気がして、その声を振り払うように帰路へ踵を返すことしかできなかったそうです。

 

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