怪文庫

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子供が育たない家

これは、母方の実家にまつわる話です。


母から聞いたことと、自分が体験したことが入り混じっているので、少し断片的になるかもしれません。

 

母の実家は山奥の小さな村にあります。地図にやっと名前が残っている程度で、道は細く、街灯なんてほとんどありません。

 

夜になると本当に真っ暗で、幼い私には、その暗闇が底知れず恐ろしいものに思えました。星がやたら綺麗なのも、逆に不気味に感じるくらいです。

 

そんな母の家系には、昔から妙な言い伝えがありました。


「この家では子供が育たない」


母がそう言った時の声を、今でも覚えています。

 

実際に、代々そうだったそうです。子供が生まれても流産や死産が多く、やっと産まれても病気や事故、原因不明の高熱で亡くなってしまう。そんなことが何世代も繰り返されてきたそうです。

 

家を絶やさないために、遠い親戚同士で結婚してきたらしく、村の中で血をたどれば、誰もがどこかで繋がっているような関係だったと。

 

普通なら外から嫁や婿を迎えて血を入れ替えるはずなのに、この家ではそれをしなかった。


「外から人を入れてはいけない」そんな暗黙の掟みたいなものがあったらしいのです。

 

でも、努力もむなしく子供は育たない。

 

家は代を重ねるごとに弱っていき、残る人間も少なくなっていきました。

 

母にも兄がいました。けれど三歳になる前に亡くなったそうです。高熱にうなされ、あっという間に衰弱していったと。母の実家の墓地には小さな墓石がひっそりと佇んでいます。祖母もあまりこの話はしたかがらず、母も兄についてはほとんど分からないのだと言っていました。

 

奇妙なのは、母の実家以外の親戚は普通に子供を育てていたことです。

 

従兄弟たちはみな元気に育ち、笑い声をあげて遊んでいました。

 

もし「血」に原因があるなら、みんな同じように苦しむはずなのに。なぜかこの家だけが子供を失い続けていたのです。

 

 

だから親戚の間では、暗黙の了解があったようで。


「あの家には近づくな」「子供を連れて行くな」

 

実際、法事や正月で親族が集まる時も、母の実家に来る人はほとんどいません。玄関先で挨拶してすぐ帰る。庭先で遊んでいても、従兄弟の親が慌てて呼び戻す。

 

幼い頃の私は、その理由が分からず、不思議で仕方ありませんでした。

 

そんな家で唯一生き延びたのが母でした。

 

母も幼少期に高熱で命を落としかけたことがあったそうです。しかし、祖父の判断で都市部の親戚に預けられてからは、身体は強い方ではなかったものの、何事もなく育つことができたそうです。


実家に残った子供は皆消えていったのに……。だから母自身も、あの家から離れていたことでようやく生き延びられたのではないかと話していました。

 

ところが、母は結婚を機に再び実家へ戻ることになります。

 

祖父母が年老いて、家を継ぐ人間が必要だったからです。

 

母は父と共に、再びあの家で暮らし始めました。

 

そして、私が生まれました。

 

不思議なことに、私は母の家系で初めて「実家に暮らしながら育った子供」になりました。

 

母も親戚も皆が驚いたそうです。まるで何かの法則が捻じ曲がったかのように……。

 

私は元気に育ちました。

 

大きな病気もなく、原因不明の高熱にうなされることもなく、怪我をしてもすぐ治る。あまりに普通すぎて、母が逆に心配するくらいでした。


「〇〇は、この家で生まれ育った初めての子だから」

 

母はそう言って、よく不安そうに私を見つめていました。その言葉を聞くたびに、理由の分からない恐怖が胸に広がったのを覚えています。

 

母の実家は大きな木造の家です。

 

廊下がやたら長く、昼間でも奥は薄暗い。どの部屋にも「誰か」が潜んでいるような気配がありました。

 

夜中にふと目が覚めると、廊下の暗がりからじっと覗かれている気がして……怖くて布団から顔を出せませんでした。

 

祖母は「気のせいよ」と笑っていました。でも祖父は黙ったまま目を逸らすだけ。否定しなかったんです。その沈黙が、逆に怖かった。

 

母もまた、子供の頃に不思議なものを見たといいます。

 

高熱で寝込んでいた時、布団の周りに「見知らぬ子供たち」が立っていた、と。皆同じくらいの年頃で、薄汚れた服を着て、無言で母を見下ろしていた。声は聞こえないのに、口をぱくぱく動かして、何かを訴えているように見えたそうです。

 

母が言うには、あの子たちはこの家で育つことができなかった子供たちだったのではないか、と。

 

 

私も一度だけ、不思議なものを見ました。

 

小学生の頃、庭で遊んでいてふと二階の窓を見上げたら、知らない子供がこちらを見ていたんです。

 

顔ははっきり思い出せませんが、どこか自分に似ていた気がして全身が凍りつきました。

 

私は大声で母を呼びました。母が駆けつけた時には、もう誰もいませんでした。

 

あれは一体、誰だったのか。今でも考えると心臓が早鐘を打ちます。

 

あれは「この家で育たなかった私」だったのかもしれない。本来なら母の兄のように、他の多くの子供たちのように、私もここで消えていたのかもしれません。

 

それから何事もなく時は流れて、私は大人になり、結婚をし、自分の家庭を持とうとしています。


そろそろ子供のことも考えなければ、という年齢です。

 

けれど、どうしてもあの家のことが頭から離れません。母の兄は幼くして亡くなった。母の代で途切れるはずだった家系を、私が繋いでしまった。

 

親戚は皆、普通に子供を育てているのに、この家だけが「子供を失う」。だから親族は皆、この家を避ける。

 

私の存在自体が「本来ありえないこと」だったのかもしれない。

 

ならば、私の血には何が流れているのか。この血を受け継いだ子供は、無事に生まれて育ってくれるのか。母の実家に潜んでいる何かが、再び動き出すのではないか。

 

夜、静かな部屋でそんなことを考えると、耳鳴りみたいに心臓の音が響いて眠れなくなります。

 

答えはまだ分かりません。


でも、もし私に子供ができたら、その子がどうなるのか……。正直、怖くてたまらないのです。

 

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