怪文庫

怪文庫では都市伝説やオカルトをテーマにした様々な「体験談」を掲載致しております。聞いたことがない都市伝説、実話怪談、ヒトコワ話など、様々な怪談奇談を毎週更新致しております。すぐに読める短編、読みやすい長編が多数ございますのでお気軽にご覧ください。

怪文庫

クラスメイト

小学校のころ、ユウキという同級生がいた。


いわゆる知的障害者で、今でいう特別支援学級にいるような生徒だったんだが、俺の通ってた小学校にはそういう取り組みはなくて、俺たちと同じ普通学級に通っていた。


今思えば近くに特別支援学校があったから、障害のある子どもは最初からそっちに通っていたんだろう。


親が普通学級に入れたかったのか、とにかくユウキは俺たちと同じ授業を受けていた。


学年の人数も多くないから、低学年の頃からユウキのことは知っていたけど、小学校5年生に上がった時に初めて同じクラスになった。

 

ユウキはクラスの男子の中で一番背が低かったが、体重だけはクラスで一番重そうなほど太っていた。近視で分厚い眼鏡をかけていたため、いつも一番前の席で授業を受けていた。


授業内容を理解しているのかいないのか、ノートも取らず黙って座っていることがほとんどだったが、時折、虫の居所が悪い時には唸り声をあげたり机をゆすったりして授業を中断させた。

 

ユウキはひどい鼻炎で、自分の名前を言うときにもどうしても声がこもり「グウキ」になってしまっていた。


俺が友達と一緒になり「グウキ、グウキ」と輪になってからかうと、ユウキは馬鹿にされていることは分かるのか、顔を真っ赤にして泣くのだった。


時に大声をあげたり、飛びかかって来る時もあったが太りすぎたユウキが俺たちの動きにはついて来られるはずもなく最後はその場でうずくまるのがお決まりだった。

 

ユウキをからかって泣かせると、午後には決まってユウキの母親がやってくる。


ユウキの母親は俺の母親よりもずっと年上に見え、はじめは彼の祖母がやってきたのかと思った。


絨毯みたいな柄のスーツに身を包んだ母親は、授業などおかまいなしに教室に乗り込むと、猫なで声でユウキをなだめ、先生には強い語気でまくしたてるのだ。


ユウキは誰にいじめられるんだ、犯人を見つけて転校させろだの怒鳴りつけたまに犯人捜しに発展する時もあるが、ユウキはろくにクラスメイトの名前も覚えていないので、俺たちの名前をあげないし俺たちも名乗り出ないから、真相は分からないというのがいつものパターンだ。


そうなると母親は怒ってユウキを早退させるので、あとは平和な一日を過ごすことが出来る。そのことに、俺たちはいつも達成感を覚えていた。

 

 

秋ごろ、校外学習があった。自然観察会という名目で、学校近くの自然公園に出かけるというものだった。各班4人組で地図が配られ、公園内のチェックポイントを巡りながらゴールを目指すというものだった。

 

いつも遊んでいるメンバー3名でまとまっていると、先生にユウキを班に入れてくれと頼まれた。


ユウキを?冗談じゃない。授業だってまともに受けられないのに。俺たちの不満を察知しつつも、先生は口早に何か言って去っていった。要は押し付けられたのだ。

 

ユウキは、なぜ自分がここにいるのかといった表情で、口を半開きにしたままぼーっと立っていた。


俺たちがチェックポイントを目指して歩き始めても、ついて来ない。


「おいユウキ!なんで歩かないんだよ」


「聞こえてますかー?グウキくーん」


少し離れたところから呼びかけても、ユウキは草むらの虫やら花やらを眺めながら佇んでいた。

 

仕方がないので、リュック越しに押したり腰にさげた水筒を引っ張ったりして無理やり連行することにした。直接手をつかんだりするのはなんとなく嫌だった。


しかし俺の倍ほどありそうな体重のユウキを、本人の意思を無視して動かしていくのは、相当骨が折れた。


俺たちはたったの数メートルの移動だけで、すっかり疲れてしまった。

 

「なぁ。もう置いてこうぜ」


「でも。先生が…」


「チェックポイント回り終わったら、後で迎えにくればいいじゃん!先生も呼んでさ。どうせコイツずっとここにいるって」

 

友達の言葉に、確かにと思った。


というよりも、内心ではみんな同じことを思っていたんだと思う。

 

俺たちは彼を置いて、先に進むことにした。


「じゃーなグウキ!」


「そこでおとなしくしてろよー」


ユウキは変わらず、ぼーっと俺たちを眺めていた。


俺たちはせいせいした気持ちで、心新たに自然観察会を楽しむことにしたのだった。

 

チェックポイントをすべて巡り終えた班は、自然公園入口の広場でお弁当を食べる予定だった。


俺たちはユウキを置いて行ってからは早々にゴールし、広場でお弁当を食べていたのだ。


他の班も次々に到着し、広場が賑わってくると、先生がユウキの不在に気が付いたようで俺たちに「ユウキくんは?」と尋ねた。

 

途中でいなくなった、と答えると先生は顔を青くして、「どのあたりで?いつはぐれたの?」とだけ尋ね、俺たちの生返事を聞くや否や小走りでどこかへ向かっていった。


はぐれたんじゃなくて、置いてったんだけどね、と俺たちがニヤニヤしている頃には向こうの方で先生たちが顔を突き合わせ何やら話していた。


その時俺たちは先生たちが探しに行ってくれるなら楽ちんだ、程度にとらえていた。

 

ただ夕方になってもユウキは見つからなかった。


自然観察会は終わり、順次解散になったがユウキが帰りのバスに同乗することは無かった。


先生たちは何人か、公園での捜索に残ったようだった。


俺たちはここではじめて焦りを感じたが、誰も何も言わず帰路についた。

 

ユウキはそのまま学校へ来なくなった。


置いて行かれたことがよっぽど辛くて、もう学校に行きたくなくなったのかその程度に考えていたが後日、まだ見つかっていないことが先生から知らされた。


俺たちは一度職員室で色々と聞かれたが、事実をそのまま答えた。


俺の班に無理やりユウキを押し付けたのは先生だし、それもあってか、あまり深く問いただされることは無かった。

 

ある日の朝の会の最中に、ユウキの母親が乗り込んできた。


母親の後ろには校長先生の姿があり、腕を回して必死にユウキの母親にしがみついていた。


母親はそれを振り切り、教室に乗り込んできていたのだ。

 

担任の先生も慌てて加勢しようとしたが、ユウキの母親はそれを無視して「ユウキを最後に見たのは、誰!!!!!」と叫んだ。

 

鼓膜がビリビリ震えるような大声が教室に響いた。


教室が静まり返り、一言でも発すれば殺されそうな気迫があった。

 

同じ班の俺たちのことは母親には知らされていないらしい。


誰も何も言わないでくれ、と祈りながらその時間が過ぎるのを待った。


半泣きの先生が半狂乱の母親を無理やり押し返すかたちで教室から追い出ししばらく廊下で話し合っていた。


教室では誰も何も声を発さず、うつむいていたが、大人たちが廊下で何を話しているのかはよく聞こえなかった。


結局その事件について俺たちが責められたり、問いただされることはなかった。


この日以来ユウキの存在はタブーとして扱われ、その名前を口に出すものもいなくなった。


ユウキは存在事消えてしまったかのようにいなくなり、月日は流れた。

 

 

それから10年の月日が経ち、俺は成人した。


成人式には参加しなかったが、式の後に行われる同窓会には参加するつもりだ。


高校から他県にうつったこともあり、小学校の頃の友達とも会うのも久しぶりだった。


わずかに心躍らせながらも、胸の奥底には小さな引っかかりがあった。


ユウキのことだ。ユウキは結局、どうなったのだろうか。事情を知ってる者がいるだろうか。

 

同窓会は駅前のレストランを貸切るかたちで行われた。


田舎の学校なこともあり、俺と同じく進学に伴い県外に出たきりの友人も多い。


参加人数はせいぜい一クラス分といったところだった。


大人になった旧友たちの姿に、気恥ずかしいような気持ちだった。ただ酒が進むのに合わせて、徐々に小学校の頃の感覚を思い出していた。


4年生の時の担任の先生が一度結婚してすぐ離婚していたことや、嫌われものだった学年主任を陥れようと校舎に様々なトラップを仕掛けていたことなど懐かしい話が次から次へと飛び交っていた。

 

昔話に花を咲かせながら、同窓会も終盤に差し掛かった時、少し離れたテーブルに見覚えのない顔がいることに気づいた。


整った顔立ちの男で、シンプルなジャケットに身を包んでいる。


あんな奴、学年にいたっけ?小学校卒業以来の会っていないにしても、なんとなくは面影があるものだが、顔をしっかり確認しても、全く名前も思い出せないのは、彼一人だけだった。

 

飲み慣れない酒のせいもあってか、おもむろに近づくと「ねえ、名前なんだっけ?」と、やや不躾に彼の隣に座った。


彼は俺の顔をちらと見た後、一拍あけて「あっ」という声をあげた。

 

「もしかして、田口くん?」


彼は俺の名前を言い当てて見せると、こちらに向き直り「俺だよ、ユウキだよ!アラサワユウキ!」と目を輝かせながら言った。

 

え?ユウキ?ユウキってまさか、あのユウキじゃないよな?


俺が混乱していると目の前の男は「ほら、小5の時に同じクラスだった」と追加情報を出してきた。


5年生の時に同じだったユウキは、まさに一人しかいない。あのグウキだ。


苗字がアラサワだったかは知らない。だが春頃に右端の席に座っていた気はするから、出席番号は早かったような……。


「うわあ懐かしいなぁ、元気だった?」などユウキを名乗る男は感嘆の表情で何やら話しているが、彼の言葉はどうにも耳に入らなかった。

 

俺は状況が飲み込めず、目の前の男をじっと観察した。


男は、俺よりもずっと背が高く細身だった。整った顔立ちに、丁寧な言葉遣い。


ハッキリと自分の名前を名乗ったし、あの肥え太ったグウキと全く違う、そもそもあいつは行方不明になったはずじゃ……。


「お前、行方不明になってなかったか?」そう聞こうとして、言葉が出なかった。

 

聞いてしまったら、あの日見て見ぬふりをした罪に向き合わなくてはならないし、なんて言えばいいかわからない気がしたからだ。


酔いは一瞬で覚め、全身から汗が噴き出た。

 

「ちょっとトイレ」


何やら話しているユウキの言葉を遮り、俺は逃げた。手洗い場の鏡にうつる俺の顔は、すっかり青ざめていた。


あいつは、本当にユウキなのか?そうだったとして、なぜ事件のことに触れてこない?


もしかして俺が深刻に考えているだけで、たいしたこと無かったのかもしれない。あのあとあっさり見つかって、日常に戻ったのかもしれない……。

 

 

トイレから戻ると、同窓会は解散ムードだった。


会計や片付けのざわつきに乗じて、ユウキのもとには戻らなかった。


ちらほら二次会へ誘う声が聞こえたが、俺は行く気になれず「けっこう飲んだから」と誘いを断り、駅に向かう流れに合流した。


旧友たちとの別れは惜しいが、なんとなくこの場を離れたい気持ちのほうが強かった。

 

駅に向かって足早に歩いていると、後ろから声をかけられた。

 

「田口くん!」


ユウキだ。小走りで追いかけてきた。


俺は歩みを緩めなかったが、ユウキは楽々俺に追いついた。

 

「もう少し話したかったのに、ほら僕、小学校であんまり友達いなかったから」


「あ-…そうだっけ?」


「ねぇ、置いてかないでよ」

 

ユウキとの間には距離が出来ていたらしい。


「あ、ごめん」と俺がつい歩みを緩めると「置いていかないで」とユウキが繰り返した。

 

なんだか寒気がした。


駅までの道のことだろうと思ったが、それはあの自然観察会の日、ユウキが俺たちに言おうとしていた言葉のように思えて、俺は過去の罪を掘り返されているような気がした。

 

「悪い、俺、終電あるから」


もごもご呟いて、再び速度を速めた。早くこの場から逃げたかった。

 

俺が速度を上げると、ユウキも速度を上げた。


「置いていかないで!」


同じ言葉を繰り返し、俺の後ろにピッタリついてきた。


「ごめん、急がないと、終電が……」


俺はしどろもどろになって、もはや走り出していた。


もうこのまま走って振り切ろう、振り返らずに走り出した。


でも、俺がどんなに全速力で走っても、「置いてかないで!置いてかないで!」という
声が、ピッタリ真後ろから聞こえてきた。

 

むしろ、声はどんどん大きくなった。


だんだんと叫び声のようになり、鼓膜が破れそうなくらいの音量になっていた。

 

「置いていかないで!!」


「置いていかないで!!」


「置いていかないで!!」

 

異常だった。

 

これは現実なのか?俺は疲労と恐怖で涙を流しながら無我夢中で走った。


「もうやめてくれ、ユウキ、悪かったよ。あんなことになるなんて思ってなくて」「置いて行ったりして、ごめん」「だってお前、全然一緒に来てくれなかったから…」

 

振り返る事はできないが、途切れ途切れに心の中で懺悔の言葉を漏らした。

 

「許してくれ、ユウキ…」

 

必死で足を動かしているといつの間にか駅についていた。


後ろを振り返ったが、ユウキはいなかった。


俺は全身に汗をかきながら、呆然と立ち尽くした。


そのあと、どうやって家まで帰ったかはよく覚えていない。


後日、同窓会の幹事をつとめていた友人に電話をした。


「なあ、ユウキって同窓会来てたよな?」


「ユウキ?誰だっけ?」


「アラサワユウキだよ。ほら、5年生の時に…」


あーっという声ののち、友人は続けた。

 

「いや、来てないよ。ていうかそもそも、小5の時行方不明になって、それっきりだろ。来るわけないじゃん」


なんだよ、ユウキの幽霊でも見たかー?という軽口に、俺は押し黙った。


じゃあ、あの男は誰だったんだ?絶対に人間ではあったと思う。

 

ユウキはまだ、俺を恨んでいるのだろうか。


「置いていかないで!」


鼓膜をつんざくような叫び声はまだ耳に残っている。

 

著者/著作:怪文庫【公式】X(旧Twitter)