怪文庫

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ない部屋

これは、俺がまだ建築設計の仕事を始めて2年目くらいの、本当にあった話だ。まあ、信じるか信じないかは、読んでる人に任せる。

 

俺たちの仕事ってのは、キラキラした新築の設計だけじゃない。時には、築何十年っていう古い建物の改修とか増築に関わることもある。

 

その日も、とある地方都市にある古い旅館の改修案件で、俺は先輩の佐々木さんと一緒に現地調査に来ていた。

 

その旅館は、明治時代に建てられたっていう風格のある本館と、戦後に継ぎ足しで増築されたっていう新館が、まるで迷路みたいに入り組んだ構造をしていた。

 

正直、図面を見ながらじゃないと確実に迷うレベルだ。

 

「たくや、悪いけど新館の方、図面通りに部屋数が合ってるか、一つひとつ確認してきてくれ。俺は本館の方を見てるから」

 

佐々木さんに言われて、俺はバインダーに挟んだ図面を片手に、新館の調査を始めた。

 

ギシギシと音を立てる床を歩きながら、部屋番号と図面を一つひとつ照らし合わせていく。

 

201号室、よし。202号室、よし。そんな地味な作業を繰り返していた時、俺は奇妙な事実に突き当たった。

 

図面には確かに存在するはずなのに、どうしても見つからない部屋が一つだけあったんだ。

 

 

新館の2階の一番隅。図面上では、そこは「資材置き場」と書かれた6畳ほどの小さな部屋のはずだった。

 

でも、実際に行ってみると、そこにあるのはただのっぺりとした壁なんだ。ドアもなければ、かつてドアだったような痕跡すらない。壁紙も他の壁と全く同じで、継ぎ目も見当たらない。

 

「おかしいな…」

 

壁をコンコンと叩いてみる。

 

すると、他の壁が「コン、コン」と詰まった音がするのに対して、その部分だけが「コォン、コォン」と、明らかに奥に空間があるような、少し軽い音が響いた。

 

間違いない、この壁の向こうには部屋がある。でも、入り口がない。

 

俺は佐々木さんのいる本館に戻って、この奇妙な事実を報告した。

 

「佐々木さん、すみません。新館の208号室の隣、図面だと資材置き場があるはずなんですけど、ただの壁になってます。でも、叩いた感じだと、奥に空間はありそうなんです」

 

俺の報告を聞いた佐々木さんは、一瞬すごく嫌な顔をして、「ああ、そこか…」と低く呟いた。その反応は、明らかに何かを知っている人間のそれだった。

 

「たくや、その壁には触るな。絶対にだ」


「え、でも、図面と違いますし、調査しないと…」


「いいから言うことを聞け。そこはな、『ない部屋』なんだよ」

 

『ない部屋』。その奇妙な響きに、俺は戸惑うしかなかった。隠し部屋とか、そういう類のものだろうか。

 

佐々木さんは、休憩がてら話そう、と俺を車に促した。缶コーヒーを一口飲んだ後、佐々木さんは重い口を開いた。

 

「この辺りの、特に昔からある建物にはな、たまにあるんだよ。そういう『ない部屋』が。意図的に作られた、誰も入れない部屋がな」

 

佐々木さんが言うには、それはこの土地に古くから伝わる一種の風習、あるいはおまじないのようなものらしい。

 

 

なんでも、家や建物が大きくなったり、増改築を繰り返したりすると、その構造の中に良くないもの…佐々木さんは「何か」としか言わなかったが、そういうものが住み着く「隙」が生まれるんだと。

 

だから、その「何か」のための『通り道』というか、『居場所』として、わざと誰も使わない、窓もドアもない部屋を一つ、壁の中に塗り込めておくんだそうだ。

 

「その部屋があるから、他の部屋は安全なんだよ。いわば、生贄みたいなもんだ。だから、絶対に壊したり、壁に穴を開けたりするな。もし開けたら、その『何か』の行き場がなくなって、次はお前の部屋が『ない部屋』になるぞ」

 

佐々木さんはそう言って、冗談なのか本気なのか分からない顔でニヤリと笑った。

 

背筋がゾッとするのを感じた。

 

「ちなみに」と佐々木さんは続けた。

 

「前の改修の時も、若いのがお前みたいにそれを見つけてな。大工に言って、興味本位で壁に小さな穴を開けさせちまったんだよ」


「…どうなったんですか?」


「ああ。その日の夜、そいつ、アパートに帰ってから金縛りにあってな。耳元でずっと、赤ん坊みたいな声で『どこ、どこ』って囁かれ続けたらしい。結局、そいつは精神的に参っちまって、次の日には会社を辞めて田舎に帰ったよ。壁の穴は、慌てて旅館の主人が神主さん呼んで塞いでもらったそうだ」

 

その話を聞いてから、俺はもうあの壁に近づくことさえできなかった。

 

結局、その部屋は「現状有姿のまま、一切手を加えないこと」を特記条件として、改修計画が進められた。図面からは、その存在自体が抹消された。

 

今でも、古い建物を見ると時々思い出す。


俺たちが普段、何気なく見ている壁の向こうにも、誰にも知られず、ただ静かに存在し続けている『ない部屋』があるのかもしれない。

 

そして、その中には一体、何がいるんだろうか、ってな。

 

そういえば、一つだけ思い出したことがある。


あの現地調査から帰った日の夜、俺のアパートの部屋で、壁の中から一回だけ「コン」って、誰かが叩いたような音がしたんだ。

 

もちろん、隣の部屋は空室のはずだった。あれが気のせいだったのか、それとも…。まあ、考えすぎだよな。

 

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