我が家は古い。しかし、古民家のような古さではなく、鉄筋の老朽化した建物のため、どちらかといえば廃墟の学校のような冷たさを感じてしまう。
それは、過去に会社をしていた名残なのだが、母屋に増築されて、コの字型作られた建物に複雑な出入口があちらこちらにある。初めてきた人は母屋がどこかわからず迷うほどだ。
その会社だった入口を開けると大きな、大きな鏡がある。
大きな鏡で、なぜそこに置かれたのかは知らないが、全身の姿がすっぽりと映る鏡である。
考えられるのは来客用入口だから、広さを出すために置かれたのではないかと思っている。
その鏡は不思議で、夕刻になると人影が写ると誰かとなく噂されていた。それは創業者の姿だとか、老婆だとか、自分ではない誰が映っていたという。
その時間まで働かないようにという従業員の思惑もあったのではないかと疑ってしまう。
不思議な話なのだが、他にも入口横に井戸とかがあり、またのその井戸は増築した建物の一部になっており、怖さが増長されたか、従業員たちは面白おかしく、小さい私に話して、幼心に恐怖心を植えられた。
今は物置としてしか使われず、昼間しか出入りしないので、大人になってからはものすごく怖いとは思わなかった。
しかし、高齢の父が亡くなり、たまたま通夜の日に、そこへ物を取りに行こうとした時に明かりをつけようとしたとき、鏡に何か黒いものが映った。
「えっ」と目をぱちくりさせていると、ずっと使っていなかった入口横の井戸がウイーンとなぜか電気音を立てて、動き出した。
鏡に何かが映ると怪奇現象が……といういくつかの怪談話が私の頭をよぎり、不安要素が増してきた。
その後は電気はチカチカするし、ここにいてはいけない気がして、一旦、母屋に戻った。
行くのを止めるか迷ったのだけれども、どうしても明日必要なものがそこにあるので、行かなくてはいけない。ジェイソンが出てこようが、トイレの花子さんが出てこようが取りに行かないといけないという使命があった。
しかもこんな時に一緒に行ける人がそばにおらず、心を落ち着かせてからまた入口から入ると……
入口を入ってすぐに鏡を見ると、不思議なことに創業者である祖父の顔が映っていた。
その時、なぜか恐怖心が芽生えなかった。
それは祖父だったからかもしれない。
まばたきしても消えないので、不思議に思うと、入口に飾ってあった祖父の額縁写真が落ちかけていた。
井戸の電気音は消えており、まだ電気はチカチカとしていたが、私は奥の部屋で無事に探し物を見つけ出すことが出来た。
なんだ、おじいちゃんの写真が落ちてきたからのせいかと安堵して、荷物を片手に額縁を直そうとすると、鏡の前を通り過ぎると、「そのままでいいよ」と父の声が聞こえてきた。
え……、言葉が出てこなかった。
よく父が忙しいさがひと段落着いた時によく言っていたねぎらいの言葉だったからだ。
父が亡くなったのも信じられない時だったから、私へ気遣いの言葉だと思い、スッと心に入ってきた。
通夜ですべての煩雑な仕事を任された上に、どうしてこんな夜に私は怖い思いまでして、荷物を取りに来なかったいけなかったのかという不満がすべて吹き飛んだ瞬間であった。
「うん、お父さん、あした、告別式ちゃんとやるね。がんばるからね」
と叫んで、そのまま母屋に戻った。
次の日の告別式は本当に全くと言っていいほどトラブルもなく、気持ちのいい晴天で、葬儀屋さんにも「ここまで順調なのはうれしいですね」言われる始末だった。
精進落としの席で昔話になり、「あの井戸の水は事務所のトイレで使っていたのよ」と親族が話くれて、ああ、あの日は誰かが事務所側のトイレに入ったのだなと納得をしていた。
父の葬儀から忙しすぎて、凡庸な日々が送れず、やっと一息付けた日……
四十九日を過ぎて、父の遺影をどこに飾ろうかと迷った時に思い出した。
そういえば、事務所だった所のおじいちゃんの写真、直さないと、脚立をもって、行くと……
行ってみたら、どこにも祖父の写真などなかったのだ。鏡に映るのはぼやけたおばさんの自分の姿のみ。
あれは見間違えか、いやいや、あの時はちゃんと直そうとした。
額縁は落ちてしまい、どこかにあるのではと探したのが額縁の破片すら見つからず……
考えてみれば、入口はコンクリート壁であり、狭くどこにも額縁をひっかける場所がなかったことに気が付く。
私はいったいあの時、どこへはいったのだろうか。
なぜおじいちゃんの写真だったのか、そして、どうして亡くなったお父さんが声をかけてくれたのかと思ったのか、それもわからないまま、その場を後にした。
そして、私は母屋に戻ってきて、もう一度気が付く。
あの時の鏡、私の姿が映っていなかったよねと。
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