怪文庫

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北側九軒

東北の山あいに、小さな集落がある。戸数はわずか二十軒足らず。道を挟んで北に九軒、南に十軒。

 

ごく普通の農村だ。

 

だが、この村には長年、外にはあまり語られない噂があった。

 

北側の九軒では、必ず誰かが自ら命を絶つ――。

 

記録をたどれば、最初は三十年ほど前。

 

ひとりの農家の主人が蔵の梁に縄をかけ、首を吊った。

 

その数年後には、隣家の嫁が川に身を投げた。

 

さらにそれから数年、別の家で老人が農薬をあおり、苦しみながら絶命した。

 

不幸は連鎖するように続き、北側の九軒のうち七軒で、誰かしらが自殺している。

 

死に方も、亡くなる者の立場もさまざまだった。だが、共通していたのは「北側の家」であり、「自ら命を絶つ」という点である。

 

南側の十軒はどうかといえば、こちらは不思議なくらい平穏で、事故や病はあっても自死は一件もない。

 

道一本を挟んで明暗が分かれているのだ。

 

 

この話を最初に耳にしたとき、私は半信半疑だった。

 

だが、調べれば確かに新聞の死亡記事や村の記録に残っている。どう考えても偶然の域を超えているように思えた。

 

転機となったのは、三年前の道路拡張工事だった。

 

国道から村へ入る道が広げられることになり、長年放置されていた小さな神社が取り壊された。

 

その神社は、村の北側の真ん中にひっそりと建っていた。

 

私が見たときには、すでに取り壊された後だったが、当時の写真を見せてもらったところ、お堂は傾いて壁板が剥がれ、屋根も穴だらけ。鳥居も朽ちて根元から折れかけていた。誰も参拝することもなく、ただ鬱蒼とした木々と雑草に覆われていた。

 

取り壊しの最中、重機の爪が地面を削ったとき、白い骨が現れたという。

 

人骨だった。調べたところ、成人の男性らしいとわかったが、身元は不明。服も残っておらず、埋葬の痕跡もない。まるで神社の土に吸い込まれるように、そこにあったという。

 

村の古老に尋ねても、誰も心当たりを持たなかった。

 

戦争中の行方不明者か、あるいはもっと昔のものか。結局、その遺骨は市に引き取られ、無縁仏として葬られた。

 

だが、それ以来、北側の九軒ではさらに妙なことが続いているという。

 

工事の直後、ある家の子どもが、夜中に目を覚まして泣き叫んだ。庭先に、濡れた白い着物姿の男が立っていたのだと。父親が飛び出したが、そこには何もいなかった。

 

別の家では、祖母が「廊下に知らない男が座っている」と怯えるようになり、数か月後に認知症を発症。老人施設であっけなく息を引き取った。

 

さらには、深夜に北側の家々で一斉に犬が吠えることもあった。南側の犬は静かなのに、北側の犬だけが、まるで誰かを追い払うかのように、揃って同じ方向へ向かって吠えるのだ。

 

村の者たちは口をつぐむが、皆、神社から出てきた白骨のせいだと心のどこかで思っている。神を祀る社が壊され、祀られていたものが解き放たれたのではないか、と。

 

 

私自身も奇妙な体験をした。取材のために村へ泊まった夜のことだ。

 

宿を借りたのは、北側の一軒だった。

 

夜半、ふと目が覚めると、外で猛烈な風が吹いているようだった。

 

嵐が来ているのかとカーテンを開けてみたが、意外にも、窓の外は荒れておらず、今にも雨が降りだしそうな雲がかかっているだけだった。

 

気のせいかとカーテンを閉めようとしたその時、風が横顔を撫でた。窓は閉まっている。外も荒れていない。それなのに――何かが部屋の中に入ってきたような、そんな風だった。

 

しかし窓は開けてない。外の天気も荒れていない。


私は急に怖くなり、布団にもぐりこんだ。

 

その夜、私は確かに感じていた。


「この部屋に、誰かがいる」


布団をかぶって寝たふりをする私を、部屋の隅から観察しているような、見つめているような、不思議な視線のようなものを感じた。

 

翌朝、村の老人にその話をしたところ、彼はただ一言こうつぶやいた。

 

「……おめえさんも感じたか。そうか」

 

話を聞くと、戦前まで、北側一帯には共同墓地があったらしい。

 

それを区画整理でまとめることになった際、無縁仏をあの神社の神主が引き取り、敷地の一画に弔っていたそうだ。しかしその神主が亡くなり、神社も墓も管理する者がいなくなってしまったのだという。

 

「無縁仏を神主が引き取ると言い出したとき、「そんなものは市役所に任せておけばいいんだ」と反対した者がおってな。揉めたんじゃ」

 

老人の声は震えていた。

 

現在も、北側の家では様々な不幸が起こっている。昨月も、またひとり。体に布団を巻き付け、自ら火をつけて自殺をしようとした女性がいるという。

 

南側の十軒は今日も変わらず平穏だ。子どもの笑い声が聞こえる。

 

だが、道を渡り、北側へ足を踏み入れると、空気がひどく重くなる。昼間なのに、ひんやりと湿った風が流れている。家々の軒下には、何かを避けるように盛り塩が置かれている。

 

この村では誰も「北側の九軒」に引っ越そうとはしない。空き家になっても、誰も住み継がない。

 

今も、夜になると九軒の方から犬の声が聞こえてくる。

 

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