怪文庫

怪文庫では都市伝説やオカルトをテーマにした様々な「体験談」を掲載致しております。聞いたことがない都市伝説、実話怪談、ヒトコワ話など、様々な怪談奇談を毎週更新致しております。すぐに読める短編、読みやすい長編が多数ございますのでお気軽にご覧ください。

怪文庫

夜鳴き

俺がまだ中学生の頃、母方の実家がある町で奇妙なものを見た。

 

正確に言えば、“見た”というより、“聞いた”のかもしれない。

 

それは、今でも思い出すたびに背筋が冷える。そんな音だった…

 

母の実家は、県境の山奥にある古い集落だった。山と田んぼに囲まれた小さな集落で、電車の駅から車で30分ほど。

 

電車に乗れることと壮大な庭に山もある。近所には歳の近い子達もいた。都会じゃ味わえない冒険なんかがそこにはあったんだと思う。

 

ただ、夜になると、家の前の道も真っ暗で、街灯もほとんどなかった。

 

そして、昔ながらの木造の家で、廊下はやたらと長く、どこか湿った匂いがした。

 

その家の神棚の横に、奇妙な土鈴が飾られていた。


素焼きの土でできた小さな人形で、丸い顔に、笑っているような、泣いているような表情をしていた。首のところには赤い糸が巻かれていて、その先に小さな鈴がぶら下がっていた。

 

祖母はそれを「夜鳴き土鈴(よなきどれい)」と呼んでいた。

 

昔からこの辺りに伝わるもので、夜に鳴くことがあると言われているらしい。

 

祖母は、俺がその鈴をじっと見ていたときに言った。

 

「それはね、触っちゃだめなんだよ」

 

俺はそのとき、ただの言い伝えだと思っていた。

 

でも、あの音を聞いた夜から、その考えは変わった。

 

盆の時期だった。

 

親戚が何人も集まり、家の中は久しぶりに賑やかだった。

 

 

夜は縁側で花火をして、蚊取り線香の匂いと一緒に笑い声が漂っていた。

 

その夜遅く、俺は廊下の突き当たりの部屋で1人で眠ることになった。

 

今思うと両親はお酒を飲んで居間で酔い潰れていたんだと思う。

 

窓を開けて寝ようとしたが、外は真っ暗で、虫の鳴き声と遠くの川の音しか聞こえない。

 

布団に潜って、まどろみかけた頃だった。

 

……ちりん。っとかすかに、鈴の音がした。最初は風鈴の音だと思った。

 

でもすぐに、違和感に気づいた。音が風に乗ってる感じじゃない。どこか、重たく、濁った音だった。

 

「ちりん……ちりん……」

 

その音は、一定の間隔で鳴っていた。まるで、誰かがゆっくりと鈴を揺らしながら歩いているみたいに。

 

俺は耳をすませた。

 

音は、外ではなく、家の中から聞こえていた。廊下の奥……つまり、俺が寝ている部屋の方へ、少しずつ近づいてきていた。

 

……ちりん……ちりん

 

木の床を踏むような、かすかな軋みが混じった。

 

……ちりん。まるで裸足で歩くような足音。……ちりん

 

息が止まるほど怖かった。

 

祖母の言葉が頭をよぎる。

 

“触っちゃだめなんだよ”

 

俺は布団を頭までかぶった。心臓がうるさいくらい鳴って、音をかき消したいのに、逆に耳が敏感になっていく。

 

……ちりん

 

音は、すぐそこまで来ていた。戸の向こう。木戸と布団一枚しか隔てていない距離に、誰かが立っている。

 

息を殺していると、戸がほんの少し、きしんだ。


誰かが手をかけたように。ガタッっと……

 

でも、戸は開かない。

 

さらに続けてガタッ、ガタッ。俺は恐怖で耳を塞いだ。

 

ガタッ、ガタガタッ。

 

布団の中で丸くなり、ガタガタと震えていると戸を開けようとする音がなくなった。

 

俺はホッと安堵し、布団を剥がすと、

 

ただ静かに「ちりんっ」っと耳のすぐ横で、鳴った。

 

その瞬間、頭の中が真っ白になった。声も出せなかった。ただ、体が硬直して、時間が止まったように感じた。

 

そのまま意識が途切れた。

 

 

翌朝、目を覚ますと、外は明るかった。

 

家の中は朝の支度で慌ただしく、誰もそんなことを気にしていない様子だった。

 

俺は恐る恐る、昨夜の音のことを祖母に話した。

 

祖母は何も言わずに仏間へ行き、神棚の横の土鈴をそっと白い布で包んだ。そして、静かに言った。

 

「……あの鈴はね、戦で亡くなった子のために作られたんだよ。子の魂が帰ってこない夜に、鳴くんだ。なんでも戦最中で両手を無くした。可哀想な子だった…」

 

それ以上、祖母は何も言わなかった。

 

けれど、その顔にはどこか、安堵と悲しみが混じっていた。

 

その年のうちに、祖母はその土鈴を寺に納めた。古くからそうする決まりがあるのだという。“鳴いた鈴は人の手に置いてはいけない”と。

 

次の年から、あの音は聞こえなくなった。

 

けれど、夏になると決まって、同じ夢を見る。暗い廊下の向こうから、あの濁った鈴の音が近づいてくる夢だ。

 

ゆっくりと、ひとつ、またひとつ。ちりん……ちりんっと。そして俺の耳元まで来たところで、目が覚める。あの音だけが、今でもはっきりと残っている。

 

数年前、祖母が亡くなったあと、実家が取り壊されることになった。

 

解体の日、現場の人が「仏間の床下から小さな鈴が出てきた」と言っていたらしい。母が見せてもらったが、祖母が寺に納めたはずの鈴と、そっくりだったそうだ。

 

白い布に包まれていて、赤い糸が少しだけほつれていたという。

 

その晩、俺は窓を開けて寝ていた。

 

風のない夜だったのに、耳の奥であの音がした。

 

「……ちりん」

 

あれから何年経っても、夏の夜の静けさが怖い。

 

まるで、誰かが俺の帰りを待っているような気がする。

 

著者/著作:怪文庫【公式】X(旧Twitter)