怪文庫

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祀られた女

私の故郷は山間の小さな集落で、人口は百人にも満たないような場所でした。

 

今でこそダム建設でほとんどの家が移転しましたが、子どもの頃はまだ人の暮らしが残っており、奇妙な風習も数多くありました。

 

中でも、村の北側にあった「祀女(まつりめ)様」という存在だけは、今でも忘れられません。

 

祀女様というのは、村の古い祠に祀られている“女性の霊”のことでした。

 

村では年に一度、集落の代表の家がその祠を掃除し、供え物を捧げるという習わしがありました。

 

ただ、その祠には絶対に「一人で入ってはいけない」と言われていました。

 

理由を尋ねても、誰も詳しくは教えてくれません。ただ「昔、祠で女が死んだ」「見た者は祟られる」と、年寄りたちは口を濁すばかりでした。

 

高校を卒業して地元を離れ、十数年後に帰省したある年のこと。

 

古くから住んでいた伯母の葬儀があり、私は久しぶりに村を訪れました。

 

すでに多くの家が空き家となり、道路も細く荒れていました。草に埋もれた道、傾いた電柱、そしてどこからか聞こえる風の音。懐かしさよりも、どこか冷たく湿った空気を感じました。

 

葬儀のあと、親戚たちと昔話をしていると、誰かが言いました。

 

「祀女様、まだ祀ってるらしいよ」

 

驚いて聞くと、近くに住む老人たちが交代で供え物を続けているというのです。

 

 

若い者はもう誰も関わらないらしく、「あれをやめると村が滅ぶ」とまで言われていました。

 

今の時代にそんな話を信じる人はいないだろうと思いましたが、誰も笑いませんでした。

 

その夜、私は懐かしさもあり、酒の勢いで一人、祠の方へ足を運びました。

 

山の中腹にある石段を登りきると、確かに祠がまだ残っていました。

 

小さな木造で、雨風に晒され黒ずんでいます。供え物の花が新しいことから、誰かが最近まで来ているようでした。

 

私は懐中電灯で中を照らしました。

 

そこには古びた木箱が一つ。中には、顔を描いた紙の面が納められていました。

 

紙は変色し、女性の顔のような模様が浮かんでいます。

 

妙に生々しく感じられ、息を呑みました。

 

描かれた目がこちらを見つめているようで、背中が粟立ちました。

 

そのとき、背後で「ガサッ」と音がしました。

 

振り返ると、誰もいません。

 

ただ、風が吹いている気配もないのに、祠の扉が少しだけ開いたのです。

 

まるで中から誰かが押したように……。

 

私は慌てて山を下りました。足元の土は湿っていて、転びそうになりながら必死で駆け下りました。

 

翌朝、伯母の家に寄ると、叔父が青ざめた顔で私を見ました。

 

「昨日、あそこ行ったか?」

 

黙ってうなずくと、叔父はため息をつき、古い話を始めました。

 

昔、村では毎年“生贄”を出していたそうです。といっても人を殺したわけではなく、「祀女」と呼ばれる若い女性を一人選び、その年は村を出てはならず、山の祠に籠るのが役目だったとか。祟りを鎮めるために、その女性が“身代わり”になるという形です。

 

だがその年の祀女が祠の中で姿を消したときから、村の災いは止まったと言われていました。

 

ところが戦後、その風習は一度廃止されました。

 

その翌年、村では立て続けに事故や病死が起こり、「祀女様の祟りだ」と騒ぎになった。慌てた村人たちは、亡くなった女性の位牌を祠に納め、以来ずっと供えを続けているのだと。

 

 

叔父はそこで言葉を濁し、最後にこう言いました。

 

「もうあの祠には近づくな。あの面を見たなら、なおさらだ」

 

その目は本気でした。

 

数日後、東京に戻る直前の夜。夢の中で誰かに呼ばれた気がして目が覚めました。

 

枕元に、濡れた女の髪が一筋落ちていました。

 

もちろん、私は誰かと同じ布団で寝ていたわけではありません。

 

その髪を捨てたあとも、しばらく夜になると妙な耳鳴りがしました。最初は「キーン」という音だったのが、次第に何かをささやくような声に変わっていったのです。

 

あの祠に残されていた面の顔が、時々まぶたの裏に浮かびました。

 

半年ほど経った頃、村の知人から電話がありました。

 

あの祠が山崩れで流されたというのです。

 

けれど奇妙なことに、木箱だけは見つからなかったらしい。

 

「供え物も全部流されたのに、あの面だけは見つからない」

 

電話を切った夜、部屋の玄関で何かが落ちる音がしました。

 

行ってみると、ドアの前に紙切れが一枚。

 

そこには黒いインクで、人の顔のようなものが雑に描かれていました。にじんでいて、表情は読み取れません。けれど、どうしても目が離せませんでした。

 

その紙の端には、水の跡のような濡れた指の跡が残っていました。

 

翌朝にはその紙は消えていました。

 

夢か現かは分かりません。

 

ただ、時々あの村の夢を見ます。

 

木々の間からこちらを見つめる誰かの気配とともに。夢の中では必ずあの面が現れ、誰かの声が小さくつぶやくのです。

 

「次は…おまえの番だ」と。

 

目が覚めたあともしばらく心臓の鼓動が収まりません。

 

きっとあの祀女様は、まだどこかで“祀られ続けている”のだと思います。

 

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