怪文庫

怪文庫では都市伝説やオカルトをテーマにした様々な「体験談」を掲載致しております。聞いたことがない都市伝説、実話怪談、ヒトコワ話など、様々な怪談奇談を毎週更新致しております。すぐに読める短編、読みやすい長編が多数ございますのでお気軽にご覧ください。

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事故の多い道

「道路設備が事故で破損したんだ。修復手続きよろしくね」


よくある通常業務。私は事故現場に向かい、破損状況を記録しながら、周囲で農作業をしているおじいさんに声をかけた。


「こんにちは。お仕事中ごめんなさい。ここであった事故の修繕手続きで調査に来ました」


おじいさんは人の良さそうな笑顔で対応してくれる。


「俺でいいのか?役に立つかなぁ」


よかった。お話をさせてもらえそうだ。


「単独の、車の事故と聞きました。道路の反射材がついたポールや電柱、標識はこんな有様ですけど…側溝も修繕が必要ですが…こちらの畑には何か被害はありましたか?」


「被害はまぁ…車が突っ込んだから、この通り、果樹の木が数本傷んだのと、植え込みがぐしゃっとなった程度だけどよぅ」


私はおじいさんが指差す木々の状況や範囲を図面に書き込んでいく。


「ここ、もうこれで3度目なんだよ」


…3度目?私の記録する手が止まった。


「ほら。ここは平坦な道だろう。対向車も滅多にない。でも何故だかここばかりで事故が起きるんだ」


果樹園からなだらかな山になっていて、そして周囲には僅かな民家。寺院の案内看板と、新しい家がひとつある他は、ずっと昔から農業を糧として代々住み続けてきたような家が散見される。


街灯は確かに少ないが、事故が起きたのは日中で、特に見通しの悪さが原因とは思えない気がした。

 

 

「3件も。何故でしょうね…。もし明らかな理由があれば、設備の改善ができるようにするところなのですが…」


「しかも、ここ10年も無いうちにだよ」


ますます訳がわからない。このおじいさんは子供の時からここに住み続けているという。

 

道も砂利だったのがアスファルト舗装され、木製の電柱がコンクリート製になり、それからだって何十年もだ。


「何かあるんでしょうかね…」


航空写真や平面地図を眺めながら呟くと、おじいさんが静かな声で言った。


「ここはね。…昔、集落の墓地だったんだ」


私は思わずおじいさんの顔を見る。


おじいさんの笑顔はなく、淡々と話が続いていく。


「俺の子供の頃は、まだ昔の墓地のままでなぁ。あのお寺さんのなんだけどよ」


寺院への案内看板を指差す。


「今は改葬されて、きれいになった墓を使っているんだが。昔からの人間はわざわざここをどうこうしよう、なんて思わないんだよ」


…まぁ、そうだろうなぁ…


「それがな。10年ほど前だ。あの家が建ってな」


おじいさんが指差す先にあるのは、この集落には珍しい、現代風の住宅。市街地ではごく普通に見かけるようなデザインの二階建ての家だ。


「あそこは土地が悪いから、ってみんなで反対したんだよ。でも、気にしないし、土地を相続したのは俺だから、って建てたんだ。他所の、事情を知らない人がじゃないんだよ?あいつのとこの倅がなぁ」


昨今の住宅事情を思えば、若い夫婦が子育てをしながら何千万円もの住宅購入にあたり、少しでも予算が抑えられたら良いなと思うであろうことは想像がつく。


「でもな。やっぱり何か良くなかったと思うんだよ…」


おじいさんが溜息をつきながら家を眺める。


「奥さんが家から出なくなっちまった。知らん人ばかりで嫌になったのかもわからんが、とにかく奥さんの姿は見ない」


はい…。


「子供さんも障害があるとかでなぁ」


この山間部から市の療育施設まではかなりある。


「そのうち、旦那も仕事がなくなってな。俺らはそいつに家の場所が悪いとは言えんけども。それもあったんじゃないかなぁ。で、ここで事故が何度も起きるようになったんだ」


「そうですか…」


事故書類に、非現実的なことを書いて提出するわけにはいかないが、あながち無関係とも言えない雰囲気を感じて、改めて事故現場と墓地だったという地帯を眺める。


「ずっと、江戸時代よりももっと前から使われていたからな。土に還った分も相当あっただろうな」


おじいさんは、此処は魂を鎮める場所として、静かなままでおきたかったんだろうな、と推察し、会話の流れで尋ねてみた。


「それで、ここの住人さんは?」


「嫁さんは結局子供と出て行った」


思わず言葉を失った。


「旦那も今はここには住んでいないよ。空き家だ」


そうなのか。


せっかくのマイホーム。家族で郊外でのびのびと暮らすはずだったのが、結局はこの地を去ることになったのか。

 

 

「だから俺らは言ったんだよ。ここはやめとけ、って。土地が良く無いぞ、よりによってここにすることは無いじゃないか、って」


「そうですね。もし私がお嫁さんだったら、知っていたらここに家は建てなかったかも」


「だろう。そのうちその倅の親父も怒り出してな。俺らが倅の家の悪口を言うから、嫁さんと子供が出て行ったし、倅もいなくなったってな」


農村コミュニティでは、余所者の奥さんが何を言われても笑顔でスルーできなければ辛いばかりなのは推察できる。


まして、子供の障害まで土地のせいと言われたら、もうどうしようもなく塞ぎ込むのもわかる気がする。


「まぁ。それでも家はまだあるから。それで事故が続いてるのかもなぁ」


おじいさんの話を伺った後、私は現地の写真を撮り、何ヶ所かの測量をして、山に向かって頭を下げた。

 

祈りの場だったところは、登記の地目は変わっても、土地の記憶というものがあるのかもしれない。


ただ、今回の件は、それだけでは無い…住人の土地への想いや新たな移住者への忠告と、それによって気持ちが沈んだり家庭の離散に繋がったのではないか。

 

もし別の声かけだったらまた結果は違ったかもしれない。

 

私は記録にこう書いた。


「過去にも同様の事故歴あり。要対策」
 
墓地であったことは、私の中だけで収めておく。

 

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