怪文庫

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おわせる集落

何年前だったか、親友と卒業旅行に行った時のことだ。

 

パワースポット巡りの名目で、県外のある地方の山に向かった。登山コースはしっかり整備されていたんだけど、親友とテンション上げながら進んでるうちに正規ルートから逸れちゃって、日が落ちた頃に見事に迷子。

 

春前の時期の山っていえば夜は結構気温も下がる。軽装備しかしてなかった俺たちは軽くパニックになったけど、懐中電灯で照らした林の中に、木を伝ってロープが張られてるのを見つけた。

 

整備された登山コースのとは全然違うけど、明らかに人工物のそのロープを辿れば人のいる場所に行けるかもしれない。そう思って俺と親友はロープを掴んでズンズン進んだ。

 

方向的には山の中枢…奥の方に向かって入って行ってたと思う。

 

「明かりだ!」

 

親友がロープの先、点々と見える明かりを指差して言った。目を凝らすと木造の小屋?家?っぽい建物がこれまた点々と建っている。規模的には村より小さくて集落くらいだったな。

 

「行ってみよう」

 

「そうだな。泊めてもらう…は図々しくても、下山する道を教えてもらうくらいはできるかもしれない」

 

そう言って歩を進めていると、集落のある方からこちらへ、松明のような揺れながら近づく光が数個と

 

「…まー…」

 

「……せ…まーす」

 

という声が聞こえてきた。

 

親友が俺の制止を振り切って声の方向に懐中電灯を向けると、中年くらいの男たちが数人、松明を掲げながら此方へ向かっている。

 

ザクザクと山道を踏む音と一緒に、獣の唸る声。気が立っている様子の猟犬ほどの大きさの犬が、男たちにリードで引っ張られながら進んでくる。

 

ゆらゆらと揺れる松明の火が男たちの顔を照らす。

 

「おわせまーす」

 

「おわせまぁす」

 

何を言っているか聞き取れるほど距離が縮まった頃には、ニチャリと粘着質に笑う男たちの顔が認識できた。

 

「逃がすなぁ!!!」

 

最後方の男がそう叫ぶのと、俺たちが逆方向に走り出すのと、男たちが犬のリードを離すのはほぼ同時だった。

 

「何だ…何だアイツら!」

 

「わからねぇ!けど走れ!」

 

道を逸れて林の中へ。犬の鳴き声は反響してるのかあちこちから聞こえる。

 

追ってきている。

 

捕まるとヤバい、という事だけはわかった。懐中電灯を消すかどうか迷ったけど、暗闇の中で犬から逃げる自信はなかったから消しきれなかった。

 

「おわせます!!」

 

「おわせます!!」

 

松明を振り回しながら追いかけてくる男たち。正気じゃないコイツら。

 

「おわせます」って何なんだ、と思った瞬間、

 

「うわあああ!!」

 

親友が悲鳴を上げて転がった。右足の脛に噛みついた犬はいったん離すと、地面に倒れた親友の右太ももに噛みつきなおした。

 

足を止めた俺の周りにも興奮した犬がすぐさま群がった。男たちが犬の名前を呼び、「でかしたぞ!!」と言いながら集まってくる。逃げようにも周りには犬が唸りながら群がっている。犬に襲われた親友はもう走れそうにない。

 

内心パニックだった。俺たちが何をした。何がいけなかった?

 

コイツらに失礼なことをしたわけじゃない。集落の敷地にすら入ってない。

 

親友は太ももに犬の牙が食い込んで悲痛の声を上げている。どうしたらいい?どうしたら助かる?どうしたら解放される?ぐるぐるとそんなことを考えていると、松明持った男たちをかき分けてお婆さんが1人、近づいてきた。

 

背は骨ごと曲がって、頬はゲッソリこけてて、手には竹筒みたいなのを持ってた。くぼんだ目がギョロっと俺を見て、

 

「おわせます、おわせます…」

 

って言いながら俺の方に歩いてくるのがすごく不気味で、一歩下がろうとすると犬が吠え、男が2人がかりで俺を押さえつけて膝をつかされた。

 

お婆さんは俺の目の前に立つと、竹筒のふたを開けて中身を俺の頭上からぶっかけた。

 

水っぽいものをビシャビシャとかけられる。色は暗くてよくわからない。匂いは少し酸っぱい。何をかけられてるのかわからないのが怖くて、でもどうすることもできなくて、とにかく口と目、鼻に入らないように下を向いて目と口を閉じた。

 

頭から滴る水が首筋伝って肩についた時、ふいに寒気と「ズシッ!」という重さを肩に感じた。びっくりして顔を上げると、お婆さんが歯抜けの口をニタリと歪ませて笑った。

 

「おわせました、おわせましたぁ!アハハハ!!」

 

「ナナサン!!おわせましたぁ!!」

 

お婆さんがしゃがれた声で高らかに言うと、男たちも松明を振り上げ雄たけびを上げた。喜んでいるようだった。

 

「おわせた!おわせました!!」

 

「アハハ!!おわせた!!アハハハハ!!」

 

「あとジュウサン!!」

 

気狂いしたように笑っている男たちがおぞましくて、俺も親友も全く動けなかった。その後、男たちは危害を加えてこなかった。犬もさっきまでの興奮が嘘だったように大人しくなって自分からリードに繋がれてた。

 

さらに驚くことに、男たちは引き上げていく前に親友の足の応急手当をしていった。

 

林の中に放置されたけど、歩けるようになった俺たちは一晩かけて下山した。

 

麓の病院で親友は足の治療をして、数針縫ったけど問題なく回復するとのことだった。一応俺も身体に異常がないか検査。結果は問題なし。

 

「あのオッサンたちが言ってた「おわせます」ってさ、「ケガを負わせます」って意味だったんじゃねぇか?だから俺を犬に嚙ませて、満足して帰ったんじゃね?ま、何にしろヤバいけど」

 

治療をしてくれた医師は例の山から下山してきた俺たちがそう言うのを聞いて事情を把握したようで、簡単に教えてくれた

 

「あの集落はな、86人に呪われているんだ」

 

数百年前、あの集落は他の集落との抗争の末、敵対集落から呪具を送られたらしい。受け取ったのは竹筒で、定期的に送りつけられたソレらは合計86本。

 

それぞれに髪や爪といった体の部位が入れられたソレは、殺した子供の臓物で作られたあの有名なハコと似た性質のものだけど、竹筒1つ1つに込められた呪いはそれほど強力じゃない。それでも、

 

「微力でも集まれば強力な呪具になる。86本の竹筒は集落1つ根絶やしにできるほど凶悪な呪いの力を持っていた」

 

放っておけば集落にいる者は皆死ぬ。

 

本職の祓い屋に依頼する金のなかった集落の住人は自分たちで呪いを解く方法を考え、実行した。その方法が、「集落と血縁の無い部外者に呪いの一部を押し付ける」というものだった。

 

「飛脚や放浪者、旅の者…そういった「外から集落に立ち寄った者」に竹筒の中身を持たせ、呪いを1つずつ集落の外へ運んだ。竹筒1本の効力は微力だから、押し付けられた部外者が呪いで死ぬことはない」

 

あの集落の人間はそうして数百年かけてコツコツと呪いを解いてきたのだという。86本ある竹筒を1本ずつ、立ち寄った部外者に押し付けて。ナナサンは73本目、ジュウサンは残りの竹筒が13本という意味だろう。

 

「おわせます」とは、「背負わせます」って言ってたんだな。

 

検査の結果、あの時に頭からかけられたのは羊水だとわかった。俺の両肩に浮かんだ赤ん坊の手形のような痣を見て、医者は「帰ったらお祓いをしてもらうといい」と言った。同時に「警察へ届けるのは勘弁してくれないか」とも言われた。

 

犬に噛まれた親友の足を見て一言謝ると、俺こそ追いつかれてごめんと言われ、互いにこれ以上謝り合うのはやめようと決めた。

 

旅行から帰った後、地元の寺でお祓いを受けた。念のため親友もお祓いをしてもらった。肩の痣はキレイに消えた。その後は何事もなく、親友の足も問題なく治り、今も飲みに行くくらいには付き合いも続いている。

 

ただ、あの恐ろしい体験をした卒業旅行は、今でも俺たちの間ではタブー扱いになっている。

 

この話を聞いた人、この先旅行に行ったり山に入る時は気を付けてほしい。74本目を背負わされないように。

 

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