怪文庫

怪文庫では都市伝説やオカルトをテーマにした様々な「体験談」を掲載致しております。聞いたことがない都市伝説、実話怪談、ヒトコワ話など、様々な怪談奇談を毎週更新致しております。すぐに読める短編、読みやすい長編が多数ございますのでお気軽にご覧ください。

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枕木

これは先月リアルに体験した話です。

 

その日は残業で遅くなりました。会社を出たのは夜11時頃だったと思います。私は電車で通勤してるので、行き帰りは駅を利用します。

 

何せ会社を出た時間が時間だったんで、終電逃したらヤバいって本気で走りました。

 

早く家に帰りたいなー、お風呂入りたいなー……頭ん中は一杯一杯。周りの景色なんかろくに意識に入ってなかったです。おかげでギリギリ間に合ったんですけど……。

 

乗り込んだ車両には私以外に誰もいませんでした。ホームには酔っ払いとか遊び人風の学生がちらほらいたんですが…。

 

しばらくするとプシュッとドアが閉じて出発しました。

 

ガタンゴトン、ガタンゴトン……気持ちい揺れに身を任せてると眠くなります。頭の中では賞味期限切れの明太子の事を考えていました。一人暮らしのOLにとって、冷蔵庫の残り物の始末は最大の関心事です。

 

でもなんか……おかしいんですよね。いえ、上手く言葉にできないんですけど。違和感っていうんですか?向かいの窓が真っ暗なんです。

 

常夜灯がないんですよ。ビルから明かりも漏れてません。そもそもビルとか家もなさそうな感じです。

 

正直おかしいなとは思ったんですけど、眠気には勝てませんでした。うとうとし始めた矢先に次の駅のアナウンスが響き渡って、慌てて下りました。

 

ところが……そこ、うちの最寄り駅じゃなかったんです。アナウンスじゃ確かに最寄り駅の名前を言ってたのに。いくら私がおっちょこちょいでもさすがにありえないって戸惑いました。

 

わけがわからずぼんやりしてたらプシュッて音が鳴りました。振り向いたら電車が動き出してました。

 

ハッとして走り出したものの当然追い付けず、最悪……置き去りにされたって絶望しました。

 

ていうか、こんな事言って信じてもらえるかわからないんですけど。大声上げて、手を振って叫んだんです。おーい止めてーって……こっちも終電なのでなりふりかまってられませんから。

 

で、気付いちゃったんです。いつもなら発射時には後か前に運転手が顔を出しているハズですが…。その電車、運転手さんがいなかったんです。

 

えっ、と思って止まった足が何かを蹴りました。びくっとして見下ろせばスマホが落ちてました。

 

 

壊しちゃったかなって不安になって、拾い上げて観察したら、液晶にはメールの入力画面が表示されていたんです。全部ぐちゃぐちゃに文字化けしていました。すごい気持ち悪かったです。

 

さらに気持ち悪かったのが、この駅で撮った写真がメールには添付されていたのですが、その写真のホームには白い人影が犇めいてるんです。

 

液晶から顔を上げ、同じホームを見渡すと、なにか私の周りにも気配がざわめいている気がする。気がする。そう思っていたのですが、目を凝らすといつの間にか本当に白い人達がたくさん見えるのです。

 

私は驚いた拍子に少し声を上げました。(本当に小さな悲鳴なような音です)

 

すると白い人たちがそれに一斉に反応しました。ピタって立ち止まって、こっちを見詰めているんです。

 

もう限界だと思って、スマホを投げ捨てて逃げ出しました。

 

電車は来ません。だけど線路を遡れば帰れるはずと信じて、ホームから飛び下りて走りました。

 

でもなんか……変なんです。ホームの下って石が敷き詰められて枕木が並んでるじゃないですか。その枕木、踏むとやわらかいんです。お肉でも踏み付けたみたいな感触なんです。

 

根拠はありませんが、真っ先に思ったのは、あ、コイツ化けてるって事です。何か得体の知れないものが線路に化けてる、枕木のふりをしてるってなぜか直感しました。

 

ぐにょ、ぶにょ、ぶにゃあ……枕木が歪んで波打ち、靴が沈むのがわかりました。理科の授業かなんかで聞いた「擬態」を思い出しました。

 

自分が踏み付けている物が一体何なのか目を凝らして確かめる勇気は出ませんでした。

 

なのになんで……怖くてたまらないのに、どうしても確かめたくなっちゃったんです。

 

最初は何かわかりませんでした。

 

が、闇に目が慣れていくに連れ、それが人間の腕だとわかりました。

 

私が枕木だと思いこんで踏みつけていた物は、男の人や女の人の腕だったんです。

 

スーツ、セーラー服、学ラン……軍服の端切れが付いた兵隊さんっぽい腕も。轢殺された死体の、ばらばらになったその腕だけが、闇の中に延々並べられていました。几帳面にも等間隔で。

 

やがてトンネルが見えてきました。入口のプレートには「伊藤?(ぽい漢字)」が書いてあります。どこかで見た気がしたけど思い出せません。

 

線路はこのトンネルの中に吸い込まれてて、他に道はありませんでした。ギュッと目を瞑ってトンネルに飛び込み、一気に駆け抜けました。この時、後ろからなぜかお経のような音が響いてました。

 

どれ位走り続けたでしょうか、体感では一時間にも感じましたが実際は5分ほどでしょうか。

 

漸くトンネルを抜けると同時によろめいて、その場にひっくり返りました。

 

眩い光が襲ってきたのは直後です。

 

間一髪、とびのいた私の目と鼻の先をものすごい勢いで電車が駆け抜けていきました。

 

そこは自宅近くの踏切の線路でした。たった今通過してったのは、私が乗ってたはずの終電でした。

 

以上が私の体験です。

 

随分あとになって異界駅の都市伝説「きさらぎ駅」を思い出したのですが、この体験はきさらぎ駅となにか関係があるのでしょうか? 私は知らない間に異界駅に迷い込んでしまったのでしょうか?ホームに落ちてたスマホは一体誰のものだったんでしょうか……。

 

著者/著作:怪文庫【公式】(Twitter